2011年7月31日日曜日

朝鮮お台場中央放送に捧ぐの巻き

***ワイルド犯流プロダクション***

OVERDOPEさんの紹介になります。
あまりの面白さで、腹を抱えて笑ってしまいました。
世の中、これだけ純化されてパロディーになれば、こんなものでしょう。

これで、思い出したのが”悪役商会”です。
動機は、「悪役俳優だけで今までやったことのない仕事をやる」事から始まりました。
結成から三十年近くになりますが、現在も活動中のようです。

有名になったのはリーダーの八名信夫さんでしょうか。
でも、わたしの印象ですと、悪役よりCMのタレントです。
青汁を飲んで”まずーい”と叫ぶ、単なるジジイです。

それで、脱会した丹古母 鬼馬二(たんこぼ きばじ)さんもおりました。
ひげボウボウのむさくるしい犯罪者役がお似合いの個性派です。
他にも、川谷拓三さんの「ピラニア軍団」もありましたなー。


と言うわけで、悪役ってのは個性派ぞろいでして、永遠のバイプレーヤーなんだと思いました。一方、犯流(韓流)スターですが外国からのこのこ出稼ぎに来て賭場荒らしをするなど、とても性質が悪くて受け入れられるものではありません。地元でシコシコ地道に活動しておれば良いだけのことなんですよ。なんだか、日本は住みにくそうになっているのだなーと思った道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

2011年7月30日土曜日

「8/8はフジテレビを一日みない運動」は道理の巻き

だって、バンコクで日本の民放なんか見られるわけ無いもの。
だから、道産子社長は海外駐在の限り、見られないし見たくもありません。

しかし、フジテレビって言う、神聖な山を汚すような局名だったのね。
本当に、ウジ(蛆)テレに改名した方が適当かと思いました。

さて、こんな運動がネットで静かに展開中なのも道理があります。
韓流ドラマは、ごり押し垂れ流し放映で、画面はサブリミナル効果だらけ。

どこの国かと思うような、売国的番組内容になってきました。
最近は、それに加速度がついて、口を開けたまま、あんぐりです。

※これで、司会のタモリさんがやる気を無くしました。
全世代でキムチ鍋が一番なんて嘘にもほどがある。

※ランキングを捏造したのが発覚。薄汚い放送局です。


※余念のない韓国びいき!、サブリミナル効果に近い。
※Kポップのごり押しで、カツオも困り顔。
※なんで地図の中心が朝鮮なんだ!

色々ネットで紹介されてきた証拠画面を見るにつけそう思いました。
では、なぜ、この日に視聴をボイコットするかと言うと、開局記念日だからだそうです。


しかし、これにツイッターで反論する有名人がおりました。
茂木健一郎と言う、テレビでよく見かけた人気の脳科学者です。

でも、この人は脱税男でして、脳内金まみれでした。
東京国税局から三年間で三億数千万円の申告漏れを指摘されているのです。

つまり、賞罰ありの畜生です。
どうせ、税金払った後で金に困って、つぶやきでアルバイトでもしたんじゃないでしょうか。

それに、外国人株主の比率が高くて、法律違反なんだって。
20%以上の占有になると放送免許が更新されないみたい。

すでに、28%も毛唐に占拠されていると、ひろゆきさんが暴露しました。
次回の2013年にはどうなるのでしょうか。

まあ、民主党が政権与党で生きながらえていると、法律なんか無視するはず。
多分、交付してしまうと思いますよ。

すごい国になったなー、日本は。

と言うわけで、絶対に、

8月8日(月)は、フジテレビを一日見ないこと

営業妨害だろうが何だろうが、構いません。報道の中立性を損なう恐れの高い、意図的な情報操作をする邪悪な犯罪集団への対策と言ってよいでしょう。とにかく、日本にお住まいの国民の皆さん、よろしくお願いしますと、タイから懇願する道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

おまけ:
在日二世のプロレスラー:長州力さんは、東北大震災のボランティア活動に参加されていたのですが、「名乗るほどのものではありません」と答え、正体を明かさなかったとネットで知りました。
まっこと尊敬に値すると思いましたが、この方も、蛆放送局には我慢がならなかったようです。


 


2011年7月29日金曜日

原発解散はあると考える推理の巻き


奸チョクトは、ぶら下がり取材を拒否し続けてきています。
それは、発言の言葉狩りで、自分の政治活動に不利な報道が流されるのを嫌い、避けるためでしょう。
その代わりに、回数はあまり多くはまりありませんが、首相記者会見と言う形式で報道発表を行っています。

ただ、これは意見の押し売りに過ぎなく、聞いていても無意味です。

このような無味乾燥で空疎な演説は、中国の全国人民代表会議で、共産党書記長が二時間にもわたって、ああでもないこうでもないとバカに長く演説をぶつのと同じではないでしょうか。
なぜなら、翌日の新聞を読むと論旨が掲載されていて、数行程度にまとまられています。
これは、為政者として君臨するための偉大さを、演説にことかけてパフォーマンスしたに過ぎないことを証明するものです。

言いたかったことは、わずかの数点に過ぎず、尾ひれはひれは自己陶酔のための虚飾的修辞だということを、下々に戒めてくれる悪例として、我々は記憶に永久にとどめましょう。
さて、アレ(チョクト)ですが、本日の夕方、この記者会見を行うと発表がありました。
日経の記事では、「脱原発依存」を掲げたエネルギー政策や東日本大震災の復興基金を巡って説明される模様ですが、何か伏線を狙っているように思います。

これまで、アレは脱原発依存で、国民の真意を問う内閣解散の暴挙を画策していた形跡があります。
しかも、解散の期日は広島原爆記念日の8月6日だとも言われていました。
この日は、土曜日に当たっていてお休みですから、実務上の処理はできません。

となると前日に作業は行われるでしょう。
それは五日になり、今日の記者会見の一週間後です。
時間的には差し迫ってきていて、この作戦を実行するに当たっては、成功確度の裏打ちが必要となってきます。
つまり、あれは、内閣を解散する可能性について、この記者会見をもって値踏みするのではないでしょうか。

なぜ、そのように思われるのか。

はっきり言って、アレは落選することを恐れ始めているはずです。
今なら、衆議院選挙で戦ってもアレは選挙区で勝てるでしょう。
一方、民主党を追放され一介の素浪人となった国会議員、横粂某が同一選挙区で立候補すると表明しました。

これは、実に衝撃的で記憶に新しい。
しかしながら、選挙対策も不十分なままで戦ったとしたら、勝敗は既に決しているはずです。
その上、今なら民主党も、譲歩に妥協を重ねた挙句、野党と連立してかろうじて過半数になり、政権を維持できるかもしれません。

ならば、アレは首班に居直り続けることができるのです。

もう四年間の延命ですし、議員の歳費が坊主丸儲けです。
もし、このまま解散せずに2013年の総選挙で戦ったらどうなるか。
横粂某も、お国替え選挙区で選挙工作活動の成果も実り、勝算が高まってくるはずです。

となれば、アレは前首相の落選と言う不名誉な結果で選挙史に名を残すのではないでしょうか。
アレは、歴史に名を残したい一心だけの男です。
国民の疲弊や政治経済の整合性など一切関係ありません。
それほど、卑劣かつ愚劣な首相だと前提で考えて推理せねばならない。


そこまで、深慮遠謀に考えてみますと、アレは原発解散も悪くはないと絶対に思っているはずですよ。
かなり背水の陣の発想ですが、意外とほくそえんでいる光景が目に浮かぶのです。
まあ、一撥勝負に出ても悪くない可能性を残しているのでしょう。

と言うわけで、アレは民主党自体と所属議員が行く末がどうなろうと知ったことではないのです。自分が、先ず国会議員の資格を持ち続けること、それが何よりもまして重大事項なのでした。歳費ももらえ続けられるし、四年間の命乞いこそ、アレの真骨頂なのだと思った道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

2011年7月28日木曜日

たった十日違いの生まれなのにの巻き

四十年前、『天国にいちばん近い島』と言う旅行記を読んだことがあります。
五歳年上の姉が持っていた文庫本を借りたのです。
作者は、森村桂さんと言う女性でした。

懐かしいと思われた方もおられるでしょう。

60年代から70年代にかけて、当時はかなりの売れっ子作家でした。
この作品は、当時としては珍しい女性の一人旅を描いています。
しかも、ニューカレドニアと言う、聞いたことも無いような海外へ旅をするのです。

まさに、大冒険の旅行でして、自分も海外にあこがれました。
しかも、当時は円を外貨に換えるのが厳しく制限されていた時代です。
年一回の旅行で、持ち出しは500ドルですから超貧乏旅行でしょう。

そんな時代、二十代の女性が南国へぷらり旅立ったのでした。
若いからこそ、思い切って行動できたのです。
そんな決断をうらやましく思いさえしました。

まあ、この作品は海外旅行ブームのさきがけになったとも思います。
ただ、後年、桂さんは精神を病んで自らの命を絶ってしまいました。
あの南国の旅行を描いていたように、心は自由に羽ばたけなかったのでしょうか。

そんなことを、何気なくサムイ島のロッジで思い出しました。
南国の気ままさと、束縛のなさは、心に安らぎを与えてくれます。
もう天命を知る歳ですから、自分も老いた後のことが大切になりました。

だから、”天国にいちばん近い島”の例え通りなのです。
このフレーズが心にさざなみとして押し寄せてきました。


一方、わずか十日ほどの生年月日の違いで、水森亜土さんもおられます。
漫画家、歌手などマルチタレントでして、現在もご活躍中です。
既に古希を迎えられたんじゃないでしょうか。

未だにサロペットとふんわりベレー帽がお似合いです。
若い人なら、スーパーマリオのキャラが浮かぶかもしれません。
でも、元祖はこの方でして、年配の人間なら亜土さんです。

他には、舌足らずな声の歌手としてのイメージもありました。

ひみつのあっ子ちゃんの”すきすきソング”は記憶にこびりついています。
みんなの歌では、”南の島のハメハメハ大王”を歌いました。
本当に息の長い、マルチなアーティストだと言えるのではないでしょうか。


と言うわけで、お二人の人生の歩み方は、同じ頃に生まれながら全く異なってしまいました。自らがその一生に終止符を打ったのと、他方では、元気に生涯現役を貫いていらっしゃいます。二人を比べながら、サラリーマン人生も残り少ない中、自分のこれからを思いやらずにはいられません。そして、自分なりの道筋だけは、ちゃんと作っておかねばならないと思った、道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

おまけ:
森村桂さんは、1940年1月3日うまれ。2004年9月27日に逝去されました。
一方、水森亜土さんは、1939年12月23日生まれだそうです。
この投稿は、道産子社長のiza版同名ブログの投稿に加筆してみました。

2011年7月27日水曜日

中国新幹線事故は、起こるべくして起こったはずの巻き

※どうも、捏造みたいです。

この写真をどのように見ようと自由です。
ですが、ネットでは散見されます。
はっきり言ってしまいますと、”ざまあみろ”なのかもしれません。

不謹慎には違いありませんが、良く瞬間を切り取ったものだと思いました。
もっとも、こう言った感情的な背景は、海の向こうからもたらされています。
例えで言うなら、ひさしを借りて母屋を乗っ取ろうとしたのでしょう。

日本は、JR東日本や川崎重工が中心となって、せっせと中国に技術供与をいたしました。
その結果、E2型新幹線をベースにした「和諧号」が中国で運行され始めたのは、当然の成り行きです。
そして、ここまでだったら、めでたしめでたしでとっくに終わっています。

でも、中国は高速鉄道の特許申請をアメリカに対して行いました。
以前にも、中国新幹線は国産技術だと喧伝し、日本側の感情を逆なでしているのです。
これに輪をかけて、今度は、日本由来ではなく中国独自の技術であると主張した点が、阿漕です。

どうせ、まねっこなんですよ。

しかも、アメリカは特許の登録システムが、世界で唯一の先発明主義を採用しています。
first-to-invent systemと言って、先に発明した方が特許される制度だったら、どうなるのでしょうか。
川崎重工やJR東日本の技術を模倣したのですから、後発には違いありません。

先ずは、事態の顛末を楽しみに見守って行きたいですね。

一方、高速鉄道の追突脱線事故は、大きな衝撃でした。
鉄道と言うのは、一定区間に別の車両を乗り入れさせないのが原則です。
赤青の信号機が付いていたり、ATS(自動列車停止装置)が仕組まれています。

ところが、運行ダイヤ上では、追突された停止列車が、本来なら後続でした。
どうして、後から追っかけで衝突した車両が、先頭を走れなかったのか。
摩訶不思議と言うか、運行システム自体がずさんなんじゃないでしょうか。

中国は技術が独自だと言い張りますが、所詮は日欧の真似でしかない。
全部出せば掠め取られるから、小出しにされたのをつぎはぎしたはずです。
これって、技術のパッチワークでしかない。

これで、システム全体の体系に整合性が保たれるでしょうか。
本当は、深く理解できていないノウハウが、ごっそり抜け落ちているんじゃないでしょうか。
となれば、こまかな見逃しが積み重なり、欠陥が現れ始め、大きな事故に至った。

こういった因果関係は、「ハインリッヒの法則」と似通っていると思いました。
この法則は、労働災害の防止を目的としたバイブルとして有名です。
労働災害五千件を統計学的に調べて計算した結果、次のような法則が導かれています。


「重傷」以上の災害が、1件あったら、
その背後には、29件の「軽傷」を伴う災害が起こり、
3000件もの「ヒヤリ・ハット」した(危うく大惨事になる)傷害のない災害が起きていた。

と言うわけで、これは技術開発の領域でも当てはまる事例だといえそうです。今回の中国新幹線は、どんなに独自技術と言い張っても、イミテーションで鵜呑みに真似をしたに過ぎないと思いました。結果的に、重大な惨事を招いてしまったのですが、国産技術の立ち上げのために、かの国の国民はいつまでも実験動物にされるのかと思うと、恐怖で顔が引きつる道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

おまけ:
この事故で命を落とされた方には、心からご冥福をお祈り申し上げます。
そして、はだゲソさん、本説の紹介をありがとうございました。
社内で資料を紹介するメールを出させていただきました。

Dear all,

For your reference, please let me send the attachment.
This is related to our recent activity of HIYARI, HATTO movement.
This Heinrich law was introduced in my favorite blog which I know well and am also commenting sometimes.

Why did this Blogger introduce?

Because he is working in TAXI operating company and this method is very popular to prevent Car accidents.
Moreover, it is true that he wanted to explain in his blog about the cause and effect of Shocking collision in CHINA by Ultra high speed trains.

Best Regards,

GURIGURIMOMONGA, President



2011年7月25日月曜日

今日は疲れたので、お休みしますの巻き


上さんが、今通っている語学学校からDVDを借りてきました。
そんでもって、PCで見ることになりました。
お題は、”Ponyu on the cliff by the sea”です。

要するに、崖の上のポニョって奴ですよ。
もちろん、外国ですから英語タイトルのカバーになっていました。
実のところ、本当は見たことが無いんですね。

メディアで色々と紹介されていたんで、見たつもりになっておりました。
ところが、我が家にはDVDプレーヤーなるものが存在しません。
ですので、PCのマルチメディアプレーヤーから再生いたします。

となりますと、ブログの記事が書けなくなりました。
残念ですが、今日はお休みさせていただきます。

ところで、ポニョさんはアニメの中の生き物ですね。
これが実際の自然界で生きていたらどうなるのか。
そんな素朴な疑問から、イラストを描いてくれたブロガーさんがおりました。

と言うわけで、”東京鵺鵺”さんなんですが実にグロいですなー。
なんだか、恐怖心が先走ってしまいました。
こんな第一印象はさておき、先ずは楽しんでDVDを見ることにした道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

2011年7月24日日曜日

元祖、津山高専の”てくにゃん”は、ホッとしただろうなの巻き


左が元祖で、右は昇天した共同のキャラ

インターネットサイト「47NEWS」の”てくにゃん”(右)が、処刑されました。
ネットと言うメディア社会に暮らしていた”ゆるキャラ”なのです。
だけど、あまりに言いたい放題の毒舌で、飼い主から嫌われました。

このキャラですが、元祖が存在しておりました。
中国地方の学校を根城にしていたテクノロボが、そうです。
この津山高専に、二年前から棲みついておりました。

それで、天に召された”てくにやん”は、ツイッターでつぶやくのがお仕事でした。
何となく、二番煎じで存在自体が怪しかったのかもしれません。
脱原発依存では、こんな過激発言をしておりました。

【子どもの尿からセシウム 福島の10人全員検出 5月採取】
「原発廃止を唱えない人間は頭おかしい認定ニャ」(7月1日)

【【Q&A/ストレステスト】厳しい条件で安全性評価 EUを参考に具体案】
「ストレステストについてガタガタ文句たれる奴は日本放射線汚染化推奨派認定にゃ」(7月11日)

【原発推進へ"指南書" 91年に旧科技庁が作成委託 世論対策も詳細に】
「これを読むと逆に原発なんていらないということがよーーーくわかるニャ!」(7月20日)

まあ、見境も無く感情に走って、ほざいた感じです。
飼い主の共同通信さんといえば、報道機関ですから公平・公正な視点でものを見なくてはならない。
でも、このにゃんこさんは、ちょっと常識を欠いた感性でしゃべったと言うことでしょうか。

一方、リンゼイさん殺害事件の公判では、表面的に他人の神経を逆なでしました。
ただ、一連に喋った経緯を冷静に読めば、そんなに作意があったとも思えません。

【英国女性の父「死刑望む」 市橋被告公判に証人出廷】
「死刑のない国の遺族がこの発言をしたのは重いニャ! 死刑は世界に誇れる極刑ニャー!」(7月11日

【暴行「親密になるため」 公判で市橋被告】
「余程のマゾじゃない限り、その理屈は通用しないにゃん。」(7月9日)

【市橋被告に無期求刑】
「遺族は死刑を求めているのに、何故検察は無期求刑なのか? 検察は不誠実だニャ!」(7月13日)

【市橋被告に無期判決 双方主張 判断悩む】
「リンゼイさんのお父上、申し訳ないが日本で無期懲役とは事実上の無罪放免なのですにゃ…」(7月21日)
「人殺しを自分の名誉と共に必死になって守らなければならないなんて、弁護士も因果な商売だニャー」(7月21日)

この発言の流れは、一個人のツイッターなら普通ではないでしょうか。
ただ、報道機関のペット君が言うには、ちょいと軽はずみです。
「無期懲役とは事実上の無罪放免」のフレーズを言葉狩りをされ、攻撃を受けています。
 
前後の文脈を読みますと、言いたかった本音が分からないでも無い。
被害者の父親は死刑を望んでいて、これは実に身内に対する感情的な問題です。
でも、イギリスには死刑という極刑が存在しません。
 
ある意味、イギリス人も死刑を望む犯罪が存在するのではないでしょうか。
それなのに、本国では無期懲役しか存在しないのです。
その矛盾を、この猫どんは、巧妙に発言で突いていたとしたら面白い。
 
だから、「やはり死刑は世界に誇れる極刑ニャーッ」と礼賛したのでしょう。
でも、共同通信社の報道姿勢は、どちらかと言えば死刑廃止論を支持していたと思うのです。
ならば、飼い主に愛想をつかされてしまったのなら自業自得です。
 
こうして、てくにゃんはあまたの問題発言を繰返し、詰め腹を切ったと言うことです。
今井克社長は、「契約スタッフが個人的見解を書き込んだ。管理が行き届かなかった」 と弁解しました。
でも、これは、体の良い釈明に過ぎません。
 
本当は、放任しながら大胆に放言をけしかけていたのではないでしょうか。
なぜなら、某は昭和23年生まれの全共闘世代かつ団塊の世代に属します。
この世代は、学生運動が華やかりし頃でして、革命と言う反社会的思想に共感を覚えていました。
 
つまり、既存の社会体制を破壊することのみに酔いしれる、真に稚拙極まりない暴徒の集団でしかなかった。
それが、今の今までまっとうな社会人としてなりすまし、潜伏して来ました。
信奉する思想をひた隠しにして、サラリーマン人生を送ってきたのです。
 
こう言う変体思想にかぶれた田分け者が牛耳る情報提供組織など、社会の害悪に過ぎません。
しかも、このような言い方で部下に責任転嫁をするなど、同一世代の「姦チョクト」と手口は同じでありましょう。
部下に責任をなすりつけ、それで逃げおおせたのだから、しめしめとほくそえんでいるのではないでしょうか。
 
他方、問題点を解明・検証することもなく、ただ閉鎖して尻拭いで逃げ切る狡猾さです。
これがために、ジャーナリズム全体を劣化させている張本人だと、強く感じました。
 
ですので、道産子社長は共同通信を全く信じておりません。加えて、日本のメディア全体が信頼性に欠くと断言させていただきます。今回のてくにゃん昇天では、自分で情報の真贋を見抜く能力だけは、養っておかねばならないと、肝に銘じた道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)
 
おまけ:
てくにゃんの発言をネットから拾って見ました。極端な左かぶれが多い中、中道のまともな物言いも見受けられるので、投稿者は複数なのでしょう。共同通信はブレが激しいようです。
 
【自転車で携帯電話を使用、県道路交通法細則で初の摘発】
「自転車に乗るときは、携帯電話を使うなよ。4回も注意されて、分かっているだろうけど。捕まらなくても使うなよ。今の部分はオフレコな。リツイートした人はこれで終わりだから」にゃんちゃって (7月5日)
 
【日立が韓国LGと合弁会社 水ビジネスで、10月】
また色々と持ってかれるんだろうにゃ~(^^; 日本の倫理観が通用するのは日本国内だけなのニャー。 (7月11日)
 
【中国の原油流出、840平方キロ 事故隠蔽に批判】
中国共産党をキレイにしても、こうゆう部分がまだまだにゃ (7月11日)
 
【錯誤の20年 「普天間交渉」海外移転】
何コレ?! 北マリアナ移設で八方丸く収まるニャー。…でもそうなると中国からの侵攻が怖いニャー(^^; (7月13日)
 
【知恵出さなければ助けない-被災地に厳しい注文】
「松本復興相は分かっていないだろうにゃ。(被災地では)言われにゃくてもしっかりやってるにゃ。あ、今の部分はオフレコにゃ。リツイートした人はこれで終わりだにゃ。にゃんちゃって。」 (7月5日)
 
【なでしこジャパン】
「『なでしこ』とか『サムライ』とかやめてもいいにゃー。子どものランドセルの赤と黒みたいで嫌だにゃ~」 (7月11日)
 
【なでしこ・佐々木監督が謝罪 熊谷のツイッター騒動で 】
「誰が何語で何をツイートしようが自由だろ!」 (7月22日)
 
解説:メンバーが宴会に参加した様子をツイッターで拡散された分けですが、監督の陳謝を投げやりながらも擁護しております。おそらく、この時点でツイッターを閉鎖する旨、筆者は通知されていたのでは無いでしょうか。だから、どのようにツイートしようが勝手だと、断末魔でわめいたと思いました。
 
参考サイト:
J-CASTニュース:http://www.j-cast.com/2011/07/22102238.html?p=2
togetter:http://togetter.com/li/164628

2011年7月23日土曜日

夜ふかしは、お母さんと一緒の巻き


ここハノイは、夜十時を過ぎました。
子供たちが、金魚すくいモドキで遊んでおります。
お母さんと一緒ですから、夜遊び公認なのでありましょう。

ここは、ちょっとした遊園地でして市内の中心にあります。
投宿したホテルからは、歩いて十分と掛からない。
その向こうには、ホアンキエム湖という湖もありました。


いやはや、雨季の最中なので、かなり蒸し暑いです。
このため、地元の人々は戸外で涼を求めようとします。
この公園は、大きな銅像のある広場でして、人でごった返していました。

家族連れもいますし、若いカップルもいます。
こう行ったお客さんを目当てに、行商の物売りも出て来ます。
とにかく、夜の帳(とばり)は降りずに、未だ序の口でした。

地元では、エアコンの普及がこれからのなのでしょうか。
ただ、暑さをしのぐには夕涼みが一番手っ取り早い方法でしょう。
もっとも、扇風機だったら購入しているのかもしれません。

駐在さんの話では、一ヶ月の給料が二万円に達しないと聞きました。
日本人から考えれば、ものすごく安い給料です。
でも、物価がまだ安いから、何とか暮らせるらしい。

ただ、今宵は金曜日の晩ですから週末なのだ。
明日は土曜日で、お休みにしている会社も増えております。
家族全員、夜更かしをしたって寝坊すれば良いだけの話です。


と言うわけで、ハノイに来たらCafe・Maiのコーヒー粉をお土産にお勧めします。ベトナムコーヒー特有の甘い香りがお好みなら、病み付きになること疑いなしです。ちょっと値段が高めですが、おうちに戻ってコーヒーを味わいながら、ハノイの夜の喧騒を思い出すのも、悪くはないと思った道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

おまけ:カフェマイの壁には創業時の写真が飾られています。

2011年7月22日金曜日

本当に久しぶりのビジネスクラスでござるの巻き

コックピットを直に見たのは初めて!

ベトナム航空の832便に搭乗しました。
エアバス321型機なので、200人も乗らない小ぶりな機体です。
そのためか、エコノミーは満席で空席待ちしても無駄でした。

このため、ビジネスクラスを取る羽目になりました。
往復で、二万バーツをちょっと切る運賃です。
日本の国内線の正規料金よりは安いでしょう。

だって、日本円に換算しても五万三千円です。
千歳~羽田の往復程度ですが、飛行時間はもう少し長い。
しかも、豪華な夕食つきですので充分満足しました。

ただ、地元の人の給料を考えると、ちょっと辛いですね。
新任の課長クラスの一か月分の給料になります。
そこまでして、ベトナムに行く気持ちがちょっと萎えました。

道産子社長は、正直言って小心者なのです。
製造業ですから、コスト意識が高くないと生き残れない。
だから、価格は何でも現地の人件費に照らし合わせて考えてしまう。

ホテル代だって、国内出張は大体1500バーツ以下です。
これでも、従業員の平均的な宿泊費よりかなり高くなってしまいます。
でも、社長だから多少はましなホテルを泊まってもらいたいらしい。

このため、今までは甘えて少し高めなホテルに泊まらせてもらって来ました。

今回のベトナム・ハノイ行きだって、安いホテルです。
一泊55ドル(約千七百バーツ)の宿を探してもいらいました。
ただ、相手と一緒に行動する制約もあって、これ以下は無理です。

あまりに辺鄙で安い宿では、不便で泊まれないのですよ。
ですので、この程度が無難と我慢しました。
まあ、ハノイの料金はバンコクより割高らしく、ここら辺が落としどころでしょう。

と言うわけで、これまで、自分が一番安く泊まったのは15ドルのゲストハウスでした。ラオスのビエンチャンで、日本人の経営です。エアコン付きで問題ないし、併設のレストランで和食の朝食も食べました。一方、泊まらずにケチって、シンガポールもミャンマーも日帰り出張してきたこともあるのです。そう言う道産子社長のビジネスポリシーなのでした。
(この巻き、終わり)

2011年7月21日木曜日

四年ぶりにベトナムへ出かけますの巻き

今晩のフライトで、ハノイへ出張してきます。
取り立てて重要な打ち合わせも無く、招待になりました。
ベトナムで新製品の発表会があり、出席させてもらうのです。

市場的にベトナムでは、当社は営業していません。
現地に技術提携先があり、そこで生産・販売を行っています。
ただ、最近、インドシナ半島の営業交流は錯綜しています。

つい最近でも、ラオスで取引先を巡って衝突がありました。
当社の商圏なのですが、顧客は元々がベトナムの会社です。
このため、技術提携先に製品の販売を譲る形となりました。

できれば、同じ系列で争うような商売だけはしたくない。
タイの方が歴史的にも先輩ですし、ラオスは元々が営業圏です。
どうにも腑に落ちないのですが、親会社に言い負かされました。

悔しいですが、株主ですので従うことにします。
つまり、ベトナムから製品がラオスに流れるのです。
ただ、メンテ業務などはどうするのか、一切決まっていないらしい。

こちらとしても、面倒を見る気はありません。
メンテが必要になっても、助けずに放置します。
泣き付かれたら、タイから製品を買わないからだと説明しましょう。

当社は、メンテナンス事務所も既に設けました。
こつこつ、顧客の獲得に向けて努力してきたのです。
それに、ベトナム製のほうが意外に価格が高いかもしれない。

と言うわけで、ベトナムの経済力・工業力を観察してきます。当社としても、ちょっと、いやらしいライバルになる可能性もある分けです。最期に訪ねたのが四年前ですから、大分変わっているのは事実でしょう。技術提携先も含めて、どんな様子なのか、楽しみな道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

2011年7月20日水曜日

へなまずるいんでないかいの巻き


<菅首相、なでしこ快挙に「私も諦めない」>
菅直人首相は19日の衆院予算委員会で、
「先行されても絶対に諦めない気迫が素晴らしい結果をもたらした。
私もやるべきことがある限りは、諦めないで頑張らなければならないと感じた」
と述べた。
配信元:産経新聞 2011/07/19 12:06

ああーと天を仰いで嘆息。
これで、日本は終わってしまうのかと独り言。
まだまだ、辞めないはずです。
だって、首相を辞めさせられる権力者って、日本国に人っ子一人居ないもの。
天皇陛下にだって、引きずりおろす権限はありません。
どんなに玉音を発せられても、最後通牒にはならないのでした。

首相は、沢穂希主将に
「最高殊勲選手と得点王になり、希望がかなったのでは」と話しかけ、
「今から間に合うか分からないが勉強したい」
とチーム内の統率力を持ち上げた。

佐々木則夫監督は首相の発言について、
この後、記者団に
「菅さんのジョークだと思う。大変なときなのでぜひ、頑張っていただきたい」
と述べた。

沢主将は首相へのアドバイスを尋ねられると、きっぱり

「ないです」

と返答した。
msn産経ニュース 2011.7.19 13:15

でも、なでしこジャパンって、最後の最後まで格好よかったですね。
わが道を堂々としてこびずへつらわず進んでゆく。
同じ首相=主将でも、どうしてこんなに違うものかと思ってしまいました。

女子サッカーリーグって、経営的に運営が苦しかったと思います。
澤選手だって、年収が360万円ってことを知りました。
他の選手はバイトだったり、地味にOLをしていたのでしょう。

”好きこそ物の上手なれ”と言う格言もあります。
本当に頑張ってきた報いが、ワールドカップのチャンピオンでした。

と言うわけで、”へなまずるい”とは北海道の方言でした。こすっからいほどにずるがしこい様子を表現するときに使うのですが、首相の言動・行動は正に当てはまるのではないでしょうか。民主党王国の北海道ですら、有権者はあきれ返っていました。だって、この四月に北海道へ帰省したとき、みんなで投票して失敗したと繰言を言ってましたから、、、。とにかく、日本を一時でも明るくしてくれた”なでしこジャパン”には、賞賛を惜しまない道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

2011年7月19日火曜日

名残惜しくてバンコクに戻りたくなかったの巻き


三日目の朝、丸い月がこうこうと輝いていました。
朝早く起き出したのですが、空には雲ひとつ無い天気です。
ようやく、晴れ渡った天気になりました。

今日17日は満月の日です。
サムイ島では、この日に因んだお祭りがあると聞きました。
ですから、これを目当てに島へ渡る旅行客が多いようです。

でも、自分の日程ではバンコクに帰らねばなりません。
なんとも名残り惜しかったのですが、チェックアウトしました。
タクシーを呼んでもらって、ナトーン桟橋へ向かいます。


それで、フェリーは十一時に出港しました。
運行会社は、SEATRAN FERRYです。
緑色の船体に白地の社名が大きくあしらわれております。

この船は、宿泊中のリゾートから航行する姿を見かけていました。
島へ渡った時のフェリーより、かなり船体が大きいようです。
日本からのお下がりみたいですが、現役続行というところでしょうか。


客室では、面白い掲示に出会ってしまいました。
禁煙マークですが、英語の表現は外国人向けでしょう。
ただ、朝鮮語のハングルでも標記されていました。

マークを見れば分かるはずです、
これに、言葉で二重に注意するのはよほどなのでしょう。
特定の国民をマナーが悪いと名指しするのに驚きました。

元はフェリーの艦橋に取り付けてあった亀さん

と言うわけで、本土側のドンサク港からは、往路と同じようにバスで空港に向かいました。ただ、乗った大型バスからは出発しないで降ろされるわ、次にロットゥーのハイエースに乗っても、途中でもう一回、別の車に乗り換えるなど散々な目に遭ってしまったのです。こんなことなら、もう少し長逗留でもした方が良かったのかも知れないと思った道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

2011年7月18日月曜日

サムイ島、命の洗濯とはこういうことでしたの巻き


目の前がプライベートビーチでした。
しかも、泊まった部屋が最も海側です。
潮騒の音を聞きながら、窓から海を眺めていました。

何も考えず、ただ海を見つめ続けるのです。
沖合いには、行きかうフェリーや島々も見えます。
そんな風景だけで、なぜが心が癒されました。

このリゾートは、命の洗濯だけが目的みたいです。

潮が引くと、かなり遠浅の海辺が現れました。
沖合いに向けて少しずつ干潟が作られていきます。
まだら点々と浮かび上がる砂浜が見えるのです。

歩いていこう。

浅瀬を軽くこぎながら、散策してみたくなりました。
思いついたら、いざ出発です。
誘った上さんも、面白そうなので二人で部屋を後にしました。


このリパノイの海辺は、緩やかな入り江になっています。
南側には小高い山の岬も見えていました。
砂浜に沿ってやしの林も見えて、美しい景観です。

それに、浜辺で遊ぶ人影すら見かけません。
本当に静かな入り江でした。
ゆっくり、ぶらぶら、遠くに見える岬を目指します。

二時間も歩き周ったでしょうか。
やがて潮目も変わって、浪が押し寄せ始めました。
ちょっとの流れのある小さな河口も渡りました。

水かさの増してくる前に戻っておこう。
岬の突端までたどり着け無かったのが残念です。
でも、ここが潮時って言うくらいですから充分でしょう。

さて、この浜辺は生き物の宝庫です。
小さなヤドカリが無尽蔵に溢れかえっています。
最初は、細かなゴミだと思っていました。

でもよく見ると、時々ガサゴソ動いているのです。
しゃがんで、じっと眺めている手足のようなものも見えます。
わずか十数ミリの巻貝に住み着いているのでした。

この大きいヤドカリは浜の主?

この干上がった砂浜では、”とぐろ”を発見しました。
ポツポツ点在しているのですが、形が美しくて芸術作品です。
どうも、ゴカイの仲間が栄養分を濾し取った後らしい。

このとぐろが壊れだすときもまた面白いです。
浪に洗われても、一挙に壊れません。
先ず、巻いた砂がほぐれ出します。

それから、ひも状の砂が、少しずつ切れて漂っていきました。
ゴカイの排出した粘着物質のおかげでしょうか。
一挙に溶けずに、しばらくは、ひもの形をとどめるのでした。


と言うわけで、巻貝も歩いた跡を残していました。ベロ見たいな舌が、足代わりになって、すーっと一筆書きのようにノの字を書くのです。こんな些細なことでも、童心に帰って海で戯れることができる。そんな、のんびりしたリパノイ・ビーチの豊かさに、命の洗われる思いがした道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

おまけ:
リゾートを紹介させていただきます。
訪れる日本人が少ないようですが、私としては一押しです。
Viva Vacation Resort(Lipa Noi Beach)
ホテル予約サイト:Agodaからブッキングが可能です。
部屋はシービューを選んでください。最高です。

人懐っこいワンちゃんが迎えてくれます。

2011年7月17日日曜日

サムイ島のフェリーでネタ一本の巻き

※ナトーン桟橋にて

フェリーは、一時間半の航海を終えました。
サムイ島のナトン桟橋に着船します。
砂浜の岸辺から突き出ただけの桟橋でして、実にシンプルです。

こちらの海は、とても穏やかなんだろうと察しました。
天候が悪化しても、浪もうねりも激しくならないのでしょう。
だから、防波堤を設けた港を築く必要が無いような感じです。

まあ、このサムイ島はシャム湾内にあります。
しかも、水深の浅い外洋らしくて、深くても80メーターしかない。
平均で45メーターだそうですから、日本の海とはかなり印象が違います。


さて、このフェリーで”第三十一こくさい丸”の銘板を発見しました。
船籍港が香川県土庄町になっていますから、小豆島の船です。
つまり、四国高松の間で往来していた船だったと言うことになります。

日本を退役したのが四年ほど前ですから、正に第二のご奉公です。
船自体は進水してから20年なので、まだ現役でしょう。
他にも明石の「たこフェリー」らしい船体も見かけましたので、うれしくなってしまいました。

と言うことで、このフェリーの艦橋にはマスコットの亀さんが乗っていたのですが、どうも取り外されたらしく、その状況写真が”タイちゃんねる”で報告されておりました。ちょっと残念だとは思いましたが、ここサムイで、昔の看板娘たちに乗って船旅を楽しむのも乙だと思った、道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

2011年7月16日土曜日

サムイ島へ渡ったのでござるの巻き


スワンナプーム空港からエア・アジアのFD3181便に搭乗しました。
朝の七時に離陸して、八時にスラタニ空港へ着陸です。
この空港は、ごくこじんまりと言った感じの地方空港でした。


機内では、サムイ島までの乗り継ぎ券が販売されていました。
スチュワーデスが売りに来ますが、見逃さずに見つけました。
もし買うのを忘れたら、降りてからでも買えるので構いません。

タラップを降りたらバゲッジクレイムまで、ちんたら歩きます。
出口の真ん前で、ネットで紹介されていたパンチップトラベルを見つけました。
ここでも乗り継ぎ券が買えます。

機内で買うと往復が650バーツですが、片道は350バーツです。
サムイ島出身のマネージャーが、わざわざ電話で確認してくれていました。
往復券なら、50バーツ割安になると言うことでしょう。


それで、空港前の駐車場に待機している二階建てバスに乗り込みます。
出発は、定刻が八時半ですが、数分遅れて出発しました。
中ではガイドさんから、次のフェリーの時刻や島内の行き方が案内されます。

この後、一時間半のバス乗車ですが、混雑も少なく10時過ぎに到着しました。
401号線~4142号線の道路をたどり、ドンサクの桟橋が終点です。
フェリー乗り場はすぐ目と鼻の先でして、急いで乗れと促されます。


少し足早に桟橋をわたったところで、フェリーに乗船できました。
それで、乗ったと思ったら出船してしまいました。
どうやら、このバスの到着を待っていたらしいです。

ガイドさんは、十一時で乗るように説明していました。
でも、一時間も節約できましたのでラッキーです。
この桟橋では、もう一隻フェリーが係留されていました。

地図を見ますと、サムイ島の他、パンガン島行きもあるようです。
一方、少し離れた右手には、別の桟橋もありました。
これは、サムイでもリパノイ桟橋行きだろうと思いました。

※左が第二の人生の”明石たこフェリー”

船は本当にとろとろ進みます。
一時間半掛けて島に到着しますから、省エネ運行なんでしょう。
片やスピードボートは所要時間が半分とのことでした。

と言うわけで、遠くに島々の景色を眺めながら、デッキで海風を浴びるのも悪くありません。ナトン桟橋に到着するまで、短い船旅を上さんと共に楽しむことにしましょう。天気も晴れていますし、これは幸先の良い旅だと思った道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

おまけ:
デジカメ画面にシミが出るようになりました。(真ん中下)
買ってから、未だ一年半ですよ。何が原因なのか分かりません。

2011年7月15日金曜日

四連休なので、サムイ島へ出かけてまいりますの巻き


ちょっと、眠いです。
朝の四時半頃から、がさごそ起き出して出発の仕度です。
ただ、荷物は登山用のザックに、予め詰めておきました。
最後に、忘れ物がないか確認するだけですので、慌てなくても大丈夫です。

ザックは、30リットルの容量があって、20年近く使用してきました。
かなり汚れが目立ちますが、貧乏たらしく見えて物盗りに合うこともないでしょう。
このザックですが、夏山用のテント・シュラフを詰めて、昔は縦走もしました。

色々な登山に付き合ってくれましたから、愛着のある一品です。

さて、こちらでは山登りをしないのでバックパッカー装備になります。
だから、詰め込む荷物は、ちょっと異なってきます。
着替え、洗面用具、サンダル、おやつなど、雑多です。

ザックは担ぐこともできるので、両手が自由になって便利です。
それと、色々な交通機関を乗り継ぐ時、歩いて必ず移動しますから楽です。
キャスター取っ手付き旅行用カバンだと、路面が悪ければ手持ちになります。
これが、結構、負担になるんですね。

と言うわけで、二泊三日のささやかな旅ですが出かけてきます。四連休最後の日は、自宅に戻っていますが、休みなのに出張者の対応で仕事をしなければなりません。仕方が無いと思う代わりに、旅の三日間は、思う存分に楽しみましょう。そんな気持ちの道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

2011年7月14日木曜日

タイでは、ガンガン、エアコンを効かせておりますの巻き

そうなのです。
日本にお住まいの皆さんには、まことに申し訳なく思います。
でも、エアコンをガンガンかけないと、仕事になりません。
エアコンを止めてしまえば、すぐに30度近くまで室温が上昇します。

タイの平均気温ですが、年間を通して見ると28.6度です。
つまり、一年中夏ばかりの日々です。
こんなところで、エアコンなしで仕事なんか、日本人は絶対にできません。

北海道出身ですから、熱さには殊の外弱いせいもあります。
それでも、エアコンの室温調整は25度にしました。
動けば、多少、汗ばむ程度が、健康に良いと思っているからです。

さて、今年の日本は梅雨明けも早かったそうで、猛暑が連日続いています。
テレビの衛星放送ニュースでを見ておりましたけど、皆さんつらそうですね。
熱中症で病院に担ぎ込まれた人も出始めました。

これから、ピークの八月、日本はどうなるのでしょうか。

東北大震災で福島原発が事故になり、電力の供給もままならない。
電力需給が逼迫しまして、官民で節電のPR活動を継続中です。
しかも、震災直後の計画停電に皆さんが懲りたのだと思いました。

少し節電してもいいから、一日中、フルに電気の使える環境が欲しい。
文明の利器はみんな電化製品でして、電気が無ければ、ただのガラクタです。
消費量を控えてまでも、フルタイムで使える環境を確保したい。

これがために、暑さを我慢する羽目に陥っている感じも致します。
この厳しい環境は、暑い夏を乗り切るまで大変でしょう。
ある意味、日本国民は根性で持久戦を強いられている感じです。

つまり、”欲しがりません、勝つまでは”みたいに見えない敵と戦っているのでしょう。

戦いに脱落すれば、夏バテに罹り、急性であれば熱中症で病院に担ぎ込まれる。
でも、パチンコ屋さんのような遊技場は、チンジャラチンジャラと電気を使い放題の感じです。
賭博に近いような遊びですから、今の事態には不適切なんじゃないでしょうか。
冷房も効いているように見受けられますし、非国民が楽しんでいるだけだとも思えます。

何ゆえ、政府は規制しないのでしょうか。
民主党のことですから、業界と癒着が激しいのでしょうか。
良く分かりませんが、こんな国民と一体感の無い不公平さはありません。

だから、健康に自信の無い方は、この際、夏バテ対策として電力をガンガン消費しましょう。
体を壊してしまっては、元も子もありません。
それに、定期点検を終えた安全な原発は、稼動させて構わないのではないでしょうか。

事故の福島原発は、地震や津波の被害想定を甘く見ていただけのことです。
10メーターの津波が襲ったのに想定では数メーターで、地震の揺れも過少に見積もっていた。
これは、東京電力の責任であって、原発総てが危険だと言うわけではないでしょう。

なぜなら、東北電力の女川原発は15メーターの高台にあって、津波を防ぎました。
しかも、震度6の揺れにも耐え抜いています。
この外、北海道電力の泊原発は、津波の想定が当初から約10メーターでした。
要するに、大丈夫な原発も、日本には存在しているのです。
なにゆえ、国民の健康を犠牲にしてまで、すべての原発を停止させようと言うのか。

厳しい局面に立たされたら、別の大きなテーマを示せば良い。
そちらに国民の目が向いて局面を打開できる。


これが、奸チョクトの世渡り稼業の秘訣なんだそうです。
そして、ご本人は、北朝鮮と係わり合う政治団体へ政治献金をした問題が浮上しています。
三年間で、六千万円以上の巨額な献金でして、確信犯に違いない。

まさに、脱原発宣言を唐突に言い始めたのと平仄があいませんか。
自分にとって、不利で厳しい局面をそらすためだけが目的とも言えましょう。
それがために、首相会見をわざわざ行ったと言うのなら、あきれるしかない。

と言うわけで、人の気分と言うのは天候に左右されます。酷暑が来て、人々は疲弊していく中、何ゆえ、ここまでして政府の節電呼びかけに、一般庶民は協力しなければならないのか。手っ取り早く、点検が終わった原発を稼動させ、電力需要の逼迫を緩和してほしいと、国民は切に願うようになるでしょう。そんな時、脱原発で解散総選挙をやって勝てるとチョクトは思っているのでしょうか。そんな風に思った道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

2011年7月13日水曜日

太郎ちゃんがプロ市民に変身しませんようにの巻き


こうした騒動の中、山本さんはバリケードの机に乗り揺さぶるメンバーを降ろし、

 ちょっと待った!
 ちょっと待った!
 こういうことはもうしないから。
 ここを開けて、ちゃんと話し合えばいいや、
 こういうものがあるから、
 みんなテンション上がってしまうから。
 これ(バリケード)をどけて、対応できる雰囲気をつくってください。
 じゃないと、暴力沙汰になったら、誰もプラスにならないから

と語った。
FNNニュース 07/12 18:25 サガテレビ

意外と、芸能人の山本太郎さんは、現場で落ち着いていたようです。
仕事先の四国から、わざわざ駆けつけてきたそうですが、グループに加担する雰囲気はありません。
むしろ、その場の混乱を収拾しようと努力していた感じもありました。

一方、市民団体の中には、太鼓を叩いている女性の目が完全にイッていたらしい。
ネットでは、ニュース報道(1分56秒頃)をしっかりチェックしていた人もいました。
まあ、見る限りでは非常に得体の知れないグループです。

このような反原発を標榜している団体って、何者なのでしょうか。
全国で五十程度あるらしいのですが、趣旨や目的もバラバラだと思うのです。
だって、太鼓叩いてどんどこどんが、どうして原発反対に結びつくのか、理解に苦しむだけですよ。

これが、今ホットな玄海原発を抱えた佐賀県でのひと悶着なのです。
アポなし突撃面会ですから、役所の人も迷惑千万、謝絶でしょう。
社会的ルールを無視する、俗に言うプロ市民が怪しく見えてきます。
わざと事件を起こして社会問題化させ、世間の注目を浴びるのが前提としか言えない。
だから、この手の市民活動は、社会の異端と言っても過言ではない。

一方、この山本太郎さんは純粋な反原発の動機があるのかもしれません。

これまで、政府は、福島原発事故の実態を隠蔽しようとして来ました。
放射能がどう拡散しているのか、その情報をなかなか明かそうとしません。
福島県の親御さんだって、抵抗力の無い子供達が被爆しないか心配になります。

ですから、政府に抗議する運動に立ち上がった経緯があるのです。
最初の抗議先は文部科学省になりました。(経済産業省じゃない!)
そして、その集団の中で、山本太郎さんは腕を組み、仁王立ちしていたのでした。

芸能人ですから、人気商売なので顔も名も知られています、
一方、東電と言えば、マスメディアの世界では大事な広告主です。
それに反旗を翻したのですから、役者・タレントとしての仕事を干されても仕方がない。

本人だって、そんなことは初めから想定していたのでしょう。
迷惑をかけたいくないからと言って、所属事務所も辞めてしまいました。
それでも、行動に立上がったのは、まことに純粋な男なのではないでしょうか。

と言うわけで、私は、山本太郎の気概、意気込みを否定する気になれないのです。道産子社長のようなブログだったら、匿名でも構わないでしょう。一方、正体を明かして政治活動にするのは、本業ならいざ知らず、さぞかし勇気の要ることです。山本さんは、ただ子供達の未来を憂いているだけではないでしょうか。そんな風に感じながら、今は見守ってあげたいと思う道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

おまけ:NHK大河ドラマ「新撰組!」の演技に好感をもっていました。

2011年7月12日火曜日

奸チョクトは治験薬、ストレステスト実施中の巻き

菅直人さんは、私が首相のときに副総理として、何度も「厳しい局面に立たされたら、別の大きなテーマを示せば、そちらに国民の目が向いて局面を打開できるんだ」と進言してきました。
普天間飛行場移設問題で危機に陥ってるときにも「消費税増税を言え」と働きかけました。
私は「言えない」と答えました。
SANKEI EX PRESS抜粋 2011/07/12
 
これは、奸チョクト氏の必殺奥義「手のひら返し」を、鳩ポッポに伝授していた時の模様です。
要するに、政治課題にはまともに真剣に向き合わず、疲れるようなことはしない。
変わりに、大衆の反意を巧妙にそらして命脈を保とうとするのです。
 
まっこと、高等な「かわし技」なのでありましょう。
 
ですが、その極意もあっさりと披瀝されてしまえば、何のことはありません。
問題をすり替える策士として、稀代のペテン師以外の何者でもないのです。
詭弁、はぐらかし、トリック、悪意の置換など、ぶつけてやりたい言葉は山ほどあります。
 
はっきり申しまして、日本国および国民は、試されているのです。
有権者の良識と言う判断力において、「奸チョクト」と言う治験薬が投下されました。
これを受けて、我々は「ストレステスト」を受けている真っ最中なのではないでしょうか。
 
このテストは、すでに一年以上の長き時間をかけて来ております。
そろそろ、判定結果を出しても良い気がしてきました。
この日を国民は一日千秋の気持ちで待ち望んでおるのです。
 
ですが、衆議院の解散権を自在に操れる、強力な副作用が残っていました。
ミンス党のとある方も、”ナントカに刃物”とその効果を侮ってはおりません。
予断は許してはなりませんぞ。
どんな副作用のある治験薬か、いまだに分からないでいるのが恐ろしい。

 
と言うわけで、原発のストレステストなんかより、こっちのテストをいち早く終了させるべきでは無いでしょうか。さもないと、今年の夏は炎暑でしょうから、発電量は一向に回復しないまま、国民は熱中症の恐怖に晒されてしまう。震災や原発事故の対応、その後の経済対策でも、復興は遅遅として進まず、国民は疲弊していくのです。往生際も悪く、悪あがきの末に、あくまでも政権の座にしがみつこうとして延命を画策する、この脅威の治験薬ならぬ劇薬にうんざりする道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

2011年7月11日月曜日

どすこい、ゆるキャラはタイで大活躍の巻き


タイで赤バス・青バスに乗ると、必ず見つかります。
まさに、ゆるキャラでして正体不明なシュールさが漂います。
これは、安売り携帯ショップのG-NETが採用しているマスコット君です。

おなかに締め込んだ青いベルトに、Gの字も象徴的なバックルです。
会社の業績に貢献してくれるヒーローの役回りなんでしょう。
でも、白っぽいぶよぶよした体格に、少女漫画ばりのパッチリまつげが不釣合いです。

しかも、頭の髪型がヘルメットをすっぽり被ったようで頭にはアンテナも出ていました。
今時の携帯電話にアンテナなんてありませんから不自然でしょう。
加えて、手と足には似通ったブルーのグローブとシューズもはいております。

はっきり言って、何をもじってキャラクターを作ったんでしょうか。


あの北海道長万部町のまんべ君だって、ちゃんとデザインコンセプトが決まっておるのです。
頭には、町の花”アイリス”をあしらい、内浦湾の名産”ホタテ”が耳かざりです。
手足・胴体は、駅弁で有名な”かに飯”の”毛がに”が使われているのでした。

意味脈絡もない、てんこ盛りコンセプトですが、町の熱意だけはひしひしと感じますね。
でも、このGネット君だけは、意味不明なんですよ。
それで、この不思議さも手伝ってか、Gネットのホームページをたずねて見ました。

調べてみましたけど、お名前は”G-HERO君”と名乗ってるみたいです。
会社のヒーローってことは、携帯ユーザーに手を差し伸べる英雄なんでしょうか。
強気をくじき、弱きを助ける正義の見方だとしら、正体はなんのでしょう。

それで、今の今まで不思議に思って考えて来た分けです。
でも、ふとしたきっかけでなぞが解けてしまいました。
それは、相撲の名古屋場所の初日を紹介するニュースを見ていた時のことでした。

英語で相撲レスラーって言いますけど、海外で暮らし馴れると、あの格好は異様です。
回しだけがコスチュームで、それを締めだだけのほぼ全裸姿ですよ。
しかも、髪型は大銀杏(ちょんまげ)を結っていて、サムライみたいに見えます。

回しにちょんまげか、、、、、

待てよ、あのGヒーロー君のベルトって、回しそっくりじゃないか。
しかも、ちょんまげみたいなアンテナまで出している。
グローブとシューズは着けているけど、後は裸みたいな感じだしなー。

これって、相撲取りをパクってキャラクターを作ったと言うことでしょうか。
お相撲さんは腕力も上背もあるし、神技ですから人の鑑として立派でなくてはならない。
こうなると、庶民のヒーローに違いないわけです。


と言うわけで、Gヒーロー君は、どすこい勝負の関取が原型だったに違いないと思いました。この携帯電話会社ですけど、バス全体を広告で貸し切って宣伝したりしています。日本でも、JR山手線とか首都圏で見かけていましたので、タイでも同じような宣伝効果の話題づくりに心がけているんだろうと思いました。きっと、7バーツ・8バーツのバスにしか乗らない庶民の味方なんでしょう。安売りの携帯こそ、みんなのITヒーローなんだと思った道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

2011年7月10日日曜日

アレと呼ばれるだけでも、マシなんじゃないかの巻き

ネットで未だに見かけます!

本投稿は、阿比留さんのizaブログを読んでまとめました。
この方は、産経新聞政治部首相官邸キャップとして、首相に常日頃接触しています。
ご本人は、その言動に対してよほど腹に据えかねたのでしょう。

ブログで、首相を”アレ”呼ばわりするようになってしまいました。
もっとも、最近を見るにつけ、かの御仁は腹心の大臣たちを裏切り、手のひら返しの発言に終始しています。
そんなスタイルは、ご本人も清廉潔白を尊んでおられるようなので、嫌気が差したのだと思いました。

つまり、名前を言うのも汚らわしい、唾棄すべき禁忌みたいな存在になってしまったようです。

一方、FNNの世論調査によりますと民主党の支持率が10%で、自民党は27.8%になりました。
みんなの党が8.8%ですので、それに肉薄するぐらい絶賛急降下中です。
そこで、支持率が低迷する中、政権の延命を図るのに衆議院を本当に解散できるものなのでしょうか。


本音で言えば、アレ自身も当選できるかどうか危ぶまれるはずです。
さらに、自民党が小泉元首相クラスを刺客に差し向けたら一巻の終わりでしょう。
となれば、北朝鮮の恫喝外交に習ったかのような解散ブラフは、アレに特徴的だったブーメラン効果で意味を成さなくなりました。

でも、アレは小泉元首相の劇場型政治に感化されていると風のたよりにも聞き及んでおります。

”自民党をぶっ壊す”と言った小泉さんですよ。
アレ自身も偉そうになぞらえて、”民主党をぶっ壊す”作戦に打って出るかもしれない。
これは、全く筋書きの無いドラマのようでして、顛末が読めなくなりました。

さて、他のシナリオも考えて見ましょう。
先ず、三法案の成立が鍵を握るんじゃないでしょうか。
その後、重要閣僚が五人以上、揃って辞任する段取で進むと思われます。

このような、八月末までの政治日程としては、アレ以外の民主党が概ね肯定するようになりました。
こうなれば、死に体の内閣ですから、後任人事では誰も引き継がなくなります。
まあ、首相の政権運営に、大挙してこれほどまでにノーを突きつけたのです。

アレも窮して、辞任せざるを得なくなると言うオチになるかもしれません。

ただ、相手任せの情け無い展開にすがるしかない。
気になるのは、アレが鉄面皮、厚顔無恥で打たれ強い性格だと言うことです。
常識が通用せず、意外に意に介せず無頓着かもしれない。

そして、誰かが引き摺り下ろそうとする陰謀だと勝手に思い込むのです。
心の中では、あの手この手で画策し始めるのでしょう。
死なばもろとも、日本国と国民を生贄にして延命を必死で図るとも思えます。

それに、奸グループは勢力的に大きく、三十人以上も議員が所属しています。
こやつらを手当たり次第、入閣させるとどうなってしまうか。
あの元国家戦略担当相だったキャミソール荒井は、恥ずかしながら蝦夷地が選挙地盤です。
反日デモに参加しながら、公安委員長に成り上がった岡崎トミ子もおりますぞ。
不倫騒動のぶって姫こと、姫井由美子嬢も所属しています。

これもネットでよく見かけました!

こやつらが亡霊のように復活すると、末法の世界そのものでしょうなあ。
そこで、総理を辞めさせるには、天皇陛下の玉音を賜るべきなんじゃないでしょうか。
タイの国では、プミポン国王がクーデターを諌めるために、自らが裁定に乗り出されました。
日本国においても、それぐらい覚悟のお言葉を待ち望んでも良い時期が到来したと思うようになったのです。

と言うわけで、日本国とその象徴は不可分ですから、どちらかの存在が危うくなるのは命とりです。アレは、”議会制民主主義とはあるレベルの独裁を認めることだ”と明言しております。独裁であることを強く希望しておるのですから、その上に立つものが強権を発動するしかない。国家における責任の段階論からして見ても、ご動座いただくのは国家大慶の必然であると悟った、道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

2011年7月9日土曜日

川向こうに出でて、ラーマ二世通りを走るの巻き


バンコクですが、歴代の国王・王族を冠した地名が良く使われています。
道路、橋、公園、建造物などさまざまですが、通りの名はよく耳にします。
ラーマ一世通りから始まるんですが、現国王はラーマ九世なので、九つあるのでしょう。

中にはなじみの薄い通りもありまして、ラーマ二世通りもそうです。
どこに或るのかすら知らなかったのですが、今日ようやっと把握できました。
要するに、チャオプラヤー川を渡ったトンブリー方面だったのです。

しかも、その通りにはショッピングモールもありました。
セントラルプラザというのですが、ぜひ出かけて見たくなりました。
こう言ったモールは、毎週末になると、上さんと一緒に訪ね歩いて来たものです。

最近では、あらかた近場も終わってしまいました。
こうなると、気分的には遠征気分に近いものがあります。
ですので、今回はチャオプラヤー川を渡渉して行軍せねばならない。

これもまた楽しみでして、バスの乗り継ぎ方法を丹念に調べ出します。
まあ、手っ取り早く行けるのが、時間の節約につながります。
それで、今回の行き先は調べた結果、意外に行程が楽でした。

バス76番の広告:チャクザって、ヤクザの間違い?

まず、スカイトレインに乗り、シーロム線ウォンウィアン・ヤイ駅でおります。
後は、近くのバス停から76番か172番のバスに乗り換えるだけです。
停留所は、対面のBig-Cスーパーにあって、必ず誰かが降りてくれますので、それに習います。

後は歩道橋を渡れば、セントラルプラザがあるのでした。
それで、この目と鼻の先に、Uターン専用車道橋もありました。
これは、日本ではほとんど見かけないものでしょう。

右手に見えるのがセントラルデパート

ここタイでは、表通りから枝道に入れば、袋小路になる確率も高いのです。
日本みたいに、左折して小路に入って、右折→右折→右折でUターンはほとんど望めません。
このため、主だった通りには、このUターン道が必ずあるのでした。

それで、このセントラルプラザなんですが、コの字をした立地です。
入り口がセントラルデパート側と、プラザ側の二つに分かれます。
通りに面した真ん中は、土地買収とか借地に失敗したのか分かりませんが、他人が使っているようです。


先ず、入り口から奥へ進んで行きます。
歩いていると、半円形状に店舗が展開されている感じがつかめます。
ウナギの寝床みたいに奥行きが深いのですよ。

かなり大きなショッピングモールだと実感できます。
でも、入り口が二つに分かれているせいなのでしょう。
表玄関からの印象は、始め小ぶりに感じられました。

このモールは実にデザインと言うか、レイアウトを工夫してあります。
これまで訪れた、だだっ広いモールの雰囲気とは、ちょっと違いました。
土地形状の制約もありますが、設計者の知恵の勝利でしょう。

さて、この中で、昼食はイタ飯バイキングの199バーツにしました。
味はまあまですが、値段と量でカバーしております。
たまに味わいたい程度なら、これも有りかと思いました。
ただ、他では見かけたことがありませんので、ここしかないのかもしれません。

一時間半で199バーツ、コストパフォーマンスOK
 
と言うわけで、76番バスはBTSプロンチット駅近くを通るので、そこまで乗って帰りました。でも、ジムトンプソン本店のあるスリワォン通り止まりのバスもあるようなので、ご注意下さい。ならば、行きも帰りもウォンウィアン・ヤイ駅から乗車し下車するのが懸命だと思った、道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)