2010年2月28日日曜日

夏が来て、タイの鳴き出すセミは時間変態の巻き

二月の最後の週が過ぎて行きます。
そして、夏の盛りが間も無くだと思うようになります。
乾季の最中だから、雲一つ無い青一面の空が広がります。

太陽の高度はぐんぐん高くなる途上です。
日中は、温度計の水銀柱が急いで背比べを始めてしまう。
暑いなー、35度を超えるのが当たり前になります。

そんな今、日本と同じような夏の風物を音で耳にしました。
セミが鳴き出し始めたのです。

どんな種類なのかも分からずじまいです。
ただ、鳴き始めれば、それなりにやかましい。
だから、セミの季節が巡ってきたのだと感じます。
しかも、日本で聞いたいた鳴き声とそっくりです。

シュワシュワとか、シャカシャカのように聞こえます。

でも、タイのセミって変態なんですよ。
日中は絶対に鳴かない。
とっても地元の人に似通ってます。
無理をしない。
根性無しなのか、暑ければ鳴かないのです。

鳴く時間が決まっているのです。
それが日本人にはとても異様な感覚です。
明け方の涼しい頃に鳴き出して、日の出前には鳴き止む。
そして、すっかり日暮れて闇が訪れると、二時間くらいはお勤めと思って鳴いてくれる。

何だか、意気地無しのセミのように感じてしまいます。

日本のセミは、忙しいですよね。
何年も地中で幼虫として過ごし、地上に成虫で暮らしても一週間の命なのだ。
短い一生をいとおしむように、日中を声のあらん限り鳴いているように思えてしまう。

でも、こちらのタイのセミさんはのんびりだ。
きっと輪廻天性を信じているのでしょう。
生まれ変わる来世のために、手加減して備えているのかな。
だから、今はセミのご身分でも気楽なんだろう。

と言うわけで、所変われば品変わるで、こちらのセミはあくせくしないのがとりえなのでし

た。そして、そんなセミを愛らしく思う道産子社長がタイにいるのでした。
(この巻き、終わり)

引っ越したばかりなので、更新が遅れておりますの巻き

昨日、引っ越ししたばっかりなんですよ。

前のアパートからは、二キロくらいしか離れていません。
どうしても風通しの良いアパートに住みたくて、引越しを決意しました。

今までのアパートは、窓が東向きにしかありません。
日の出から太陽が昇り出すと、朝日が窓に直接差し込みます。
室内の気温が急上昇して、暑くてやり切れませんでした。

しかも、窓が一面の方向だけですから、風の流れ道が無いのです。
風が部屋を抜けないので、熱気がこもって室温が上昇してしまう。
もし、二方向に窓があれば、風の通り道もできます。
風が流れ込めば、空気もよどみません。

そんな風に当たっているだけでも、気分はさわやかです。

暑けりゃ、エアコンを掛ければ良いと言う人もいるでしょう。
でも、閉め切りの部屋で、強制的に室温を下げて暮らすのは好きじゃない。
なるべく自然な気温で、風が流れてしのげれば、それで良いのです。

それに、東隣に高層マンションも立てられて、窓の景色が悪くなりました。
夕方ともなると、西日が外壁のガラス面に強く反射して来ます。
当然、照り返った強い日差しが、差し込むのです。

いやー、この二年で、居住環境が劣悪なものに変わってしまいました。

となれば、我慢して生活する必要も無いでしょう。
予算も潤沢とはいえませんが、アパートを変えられるだけの余力はあります。

どうせ、二人っきりの夫婦暮らしです。
現在の寝室が二つある間取りは、全くの無駄でした。
よりシンプルなワンベッドルームに切り替えても構わない。

百平米以上は、広すぎたのです。
親戚が遊びに来るかもしれないと思って借りました。
ですが、二年でその機会はたったの一度でした。
もう、十二分に務めは果たしたでしょう。

そんなかんだで、初めは居住環境をちょっと犠牲にしました。

代わりに、生活の便利さを優先して来たのは事実です。
 この辺りは、バンコクでも日本人が多く住むスクンビット通りに沿っています。
 BTS高架鉄道のプロンポン駅からも近い。
フジスーパー一号店もすぐお隣さんだったのでした。

と言うわけで、今回は居住環境を第一にしました。夏しかない土地柄ゆえ、日のあまり入らない北向きがこちらではベストになります。静かな通りからちょっと奥まった場所にしたアパートで、部屋に風の通り道も確保されたことだし、これからは上さんと一緒に生活をエンジョイしようと思った道産子社長なのでした。
(この巻き、終り)

2010年2月25日木曜日

なぜ、背広を来て出勤するのかの巻き

タイのとりえと言えば、暑さでしょう。
一年を通じて、日中は必ず三十度になり、一番気温の低い朝方でも、日本で言えば必ず熱帯夜、つまり25度以上になる日が大半です。

それだけ、暑ければ、服装も井手達も、汗をかかない気軽な格好になるのは否めません。
半袖は常識的に当たり前です。
日系企業の皆さんも、工場勤務の方だと、半袖の工場服で出勤されます。

それでも、金融・保険・商社の方は、ちゃんと背広上下を着ておられるのです。
営業関係の方もそうでしょう。
客先回りがありますから、相手に粗相が無いように身なりは背広でピシッとしています。

それで、私の場合なんです。

私は、毎日、背広姿でちゃんとネクタイも締めて出勤します。
でも、勤務先は工場には違いありません。
もっとラフな格好で勤めたって、誰もとがめる人はいない。
それにもかかわらず、こだわります。

なぜなら、社長だからです。
しかも、日本人は、その社長一人だけだからです。
何があろうと、会社を代表しています。
あらゆる事態に備えて礼節を失わぬよう、身なりは正しくなくてはならないのです。

実は、私がそう思うようになった忌ましめの先例があります。
それは前任者でした。
二年前、引き継ぎのため、短期出張をしました。

相手も、業務をこなしながらの引き継ぎなので、十分な時間がありません。
このため、手持ち無沙汰もあってか、身の回りの働く環境を注意して観察するようになりました。
この時、気がついたのが前社長の服装でした。

ズボンは、折り目もついていなくてヨレヨレでした。
ワイシャツは、半袖ですので良しとしましょう。
ネクタイは締めず、ジャケットのポケットに突っ込んでいるようでした。
その上で、ジャケットがアイロンをいつ掛けたか分からない。
背中にしわが寄っていてくたびれていました。
しかも、革靴はいつ磨いたのか分からないぐらいに、経たっていました。

何となく、単身赴任のわびしさの風情が漂っているのです。
単身だから、気も回らずに服装がおろそかになっていたのかもしれない。
でも、現地スタッフのベース給から見れば、十倍以上になる高給取りなんですよ。
身繕いは、手にする所得に比例して、相応が要求されるのです。
身なりの悪さは、現地のスタッフに失礼と言うものでしょう。

経営者は毅然たるものを必要とされるのです。

それは、俗に言うTPOだとすれば、服装は第一義です。
何事にも、人間は姿・形から入ります。
ボロは着てても心は錦などと、昔のヒット局の歌詞もありますが、それは偽りです。
相手に礼を失することの無いように、世界中のいずこでも服装はこざっぱりしていなくてはなりません。

そして、私は決心しました。
こちらでも、特別な理由の無い限り、背広上下で出勤するのです。

こうして、二年間を背広服姿の通勤で押し通してきました。
それには、一緒に来てくれた上さんがいたからこそ出来たようにも思います。
ズボンの折り目がなくなったり、背広の背中にしわができれば、さり気なくアイロンを掛けてくれます。
靴が汚れていると言って、チャッチャッと磨いてくれます。

この気遣いは、たまらなくうれしいですね。
日本での生活と同様に、変わらなく企業戦士の井出たちに配慮してくれる。
内助の巧に感謝したい、上さん、どうもありがとう。

そして、思いました。
単身赴任者ならばこそ、服装をおろそかにしてはならない。
いっそう配慮する必要があると言うことです。

と言うわけで、自分も外地であろうが内地であろうが、戦士の装束は重要なのです。ダイエーで買った一万三千円の背広であろうが、ズボンの折り目もあって、しわの寄らない身なりであれば、堂々と海外であっても戦えます。目に見えないコストこそ、人が行き抜くための技量であり能力なのです。そう感じた道産子社長なのでした。
(この巻き、おわり)

2010年2月24日水曜日

グーグルは、民主党と愉快な仲間をどのように見たのかの巻き

人が次に何をタイプしてくるかを先読みして、連想の傾向を暴露してしまう。
まるで、”ご主人様のお探し情報はこれでございますよ”と言わんばかりに、気心の分かってしまった執事が、手取り足取り教えてくるようなもんですね。

一つ前の記事でも書いたんですが、”おざ”と打てば小沢一郎さん関連の思いつきが、あれよあれよと出てきます。
今現在、人々の関心のある対象を逃さない。
とにかく、始めの”おざ”だけで、啓示してくれるのです。

神がかりだと言ったのもお分かりかと思います。
そして、これはある意味で、神聖な言葉遊びなんだろうと思わざるを得ません。
ある言葉から、次につなぐ字句の連続を、神妙に選び出してくれる。
これぞ、神のみぞ知るところと思ってしまいました。

それならば、この能力を逆手にとって遊んでしまいましょう。

とあるブログで、”民主党に投票”までタイプしたら、グーグルは「後悔」とか「失敗」とか、そんな言葉でくくったので素直でよろしいと、評価していました。



つまり、昨年の衆議院選挙で民主党に投票した主権者は、愚行だったと反省しているようです。

でも、あれからわずか半年が経過したに過ぎません。
この急転直下の失意は、何なのでしょう。
元々、民主党の人々は、怪しい出自と思想にまみれていた可能性もあるのです。
そのような人々のなすこと故に、尋常でない政権運営があったとしても、已むを得ないことでしょうね。

それでは、民主党の愉快な皆さんにお出まし願いましょう。

先ず、”鳩山由紀夫は”でタイプします。
うーん、かなりオカルト的で妾腹の宰相なんですね。


次に、”かんなおとは”で打って見ました。


これは、ズバリです。日本人拉致実行犯"シンガンス"の助命嘆願書にサインした国会議員さんだけあります。同胞と見なされているようです。

最後に、この人は外せません。
ですが、IMEではフルネームを一発変換できないので、”山岡賢”まで文字を入れなおすと驚愕のお告げに出会うのです。


在日、改名、金子、売国、逮捕と名誉毀損の訴訟オンパレード用語でした。

いやー、さすが民主党だけのことがあります。
では、党名で打ってみるとどうなるのでしょうか。
まず、穏当に”民主党は”で検索しました。


カルト宗教、危険、ダメ、日本を滅ぼす、大丈夫か、どうなる、売国奴、国会議事録の隠蔽を始めた、北朝鮮、社会主義、でした。

すくなくとも、大衆は政権与党=民主党を信じなくなったのではないでしょうか。
そして、その小沢さんの仕切る政党に、ダメ出し信号が点滅したのです。

と言うわけで、グーグルを訪れた庶民は、民主党に呼びかけるのです。
”民主党よ、お前は何者か 42,700件”、この言葉こそ、大衆が今にして投げかけたアンチテーゼなのでした。


(この巻き、終り)

2010年2月22日月曜日

グーグルが、小沢さんをどのように見たかの巻き

今をときめく小沢一郎さんの話です。
この方をグーグルで検索すると、実に面白い。
言葉を入力しきる前に、利用者がどんな言葉を入れて行くか、先回りして教えてくれます。


ものすごいと思うのは、推測するエンジンの能力です。
たった平仮名二語の”おざ”と入れただけで、その後を見せてくれます。

何々、小沢一郎は当り前ですよ。
小沢修二って、知らないや。
でも、これからが驚き、桃の木、山椒の木です。

小沢一郎 在日 754,000件 
小沢一郎の正体 215,000件
小沢一郎  済州島 38,600件

インターネットでは、ご本人の氏素性の噂がよく流れていました。
でも、ここまではっきり指し示してくれる実例は、無いと思う。
それだけ、利用者は関心を持っている分けです。

因みに、この名から選んで各種のサイトを眺めてみました。
まあ、証拠がないから信憑性に欠けるガセネタが多い感じです。
でも、これだけ入力する人が傾向的に存在するのです。

おそらく、国民は、小沢さんの人となりから何かを感じているのかもしれません。

しかも、小沢さんの発言には、物議を醸し出した内容も多く見受けられます。
昨年末に、韓国の国民大學で講演した内容もそうでした。

そしてもちろん、今、私が政治上でも、国民に言っておりますのは、特に日本人はですね。
この、島国で、長い歴史の中で、○○○(聞き取れず)な生活をしておりましたので、自立心に欠けるんですね。
自分で勉強し、自分で判断し、自分で決断し、自分で責任を負う、こういう自立心が最も足りない、国民といえば、その通りなんで。
くっくりさん、ありがとうございます。)

分からないのは、他国へ出向いてまで自国民を貶める発言をする意図です。
これによって、メリットのある人は誰なんだろうかと思いました。
日ごろ、韓国の人は対抗心が強いですから、心はくすぐられるでしょう。
でも、日本人には、この発言は恥をさらす以外の何物でもありません。

政権与党の首領が、隣国へ出向いて自国を辱める。
普通の人なら、変か異常に思うはずです。
だから、敢えて検索まで試みようとする人が、現れるのだと思いました。

それで、最近、私自身にも思いがけない経験があったのです。

この間、こちらで取引している工場の親会社の社長さんが、わざわざ日本から出向いて事務所を訪問してくれました。

あまり日本に明るい話しはありません。
円高の脅威は厳しいらしく、経済の話題に政治の話しが絡み合って来ます。
ですから、民主党の経済政策にまで話は広がっていきました。

もちろん、政権与党のことです。
今をときめく、脱税総理やら秘書三兄弟の逮捕など話題には事欠きません。

その時、その社長さんが一言言ったのです。

彼は日本人じゃないでしょう。
お母さんは**島の出身で、その血を受け継げば考え方が異なってくる。
天皇陛下の一件で、普通ならあそこまでの強引な押し通し方は絶対にできない。

驚ろいてしまいました。
仕事上のお付き合いでご訪問いただいたのです。
ある意味、公な場所での会話です。
後にも先にも、このことを他人から聞いたのは初めてになりました。

私からも、このことはインターネットで良く出ていると言いました。
だが、本当にそうなのかは誰も知らないのだと。
でも、みんなへ、既に知れ渡っているんだ。

従業員も、グループ企業を加えれば千人以上になる大きな会社です。
そのような規模の社長さんまでが、おっしゃったのです。
彼は、このまま隠し通すのでしょうか。
それとも無視し続けるのでしょうか。

そんな仰天動地の一日となってしまいました。

と言うわけで、これはほぼ実話なのです。ただ、相手のことを慮って多少はフィクションを加えました。海外に来て気が緩んだ上での発言かもしれません。ですが、あこぎさに磨きの掛かった政治手法に、かなりの異常性と危険性を感じ取ったのでは無いかと確信した道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

おまけ:
このお話を公開するのに逡巡し、時間を要しました。でも、決心しました。
それだけ、日本に危機が訪れていると思います。

2010年2月21日日曜日

おれの体内時計は何処にあるやの巻き

日本に帰って来ると、寝て起きる時間がいつも不規則になってしまいます。

夜の八時に寝てしまったり、夜中の二時に起きてしまったりする。
しかも、朝の六時に起きようとすると眠くてしようがありません。
これってタイの時間に直せば、朝の四時に当ります。
いつも工場へ出勤するのに、六時起きだから、まだ二時間も眠れることになります。
いやはや、この決まりきった習慣は、体が覚えこんでしまったようです。

となると、タイ時間のリズムが自分の体に染込んでしまっているのでしょう。
これを体内時計と言うのかも知れない。
日本との時差は二時間ですが、生活の拠点がタイだから致し方のないところです。

それで、日本でとても面白いテレビ番組を見てしまいました。
犬HKで”プロフェッショナル 仕事の流儀”と言う、職業でその道に優れた人を紹介する番組があります。
今回は、体内時計の謎を探る先端研究を突き進む生理学者の紹介でした。
見ても聞いてもすぐ忘れるハトポッポの脳みそみたいなもんだから、内容はあまり覚えてません。


ですが、見ていて一番に驚いたことがあります。
それは、人間には一日がおよそ二十四時間である周期を基準として生活するリズムのパターンがあることでした。
しかも、これを遺伝子が記憶していると言う説明です。
体の部分部分では、そこが原因で病気が起こったりする時間帯が統計的に区分けされると言う。
つまり、人間の体内には、生理機能を支配する時計とタイマーが組み込まれていることになります。

これは、すごい機能です。

だから、睡眠の時間帯に狂いが生じてくれば、体調に変化が起きると言うことなのでしょう。
それで、自分の場合、体内時計の調節は柔軟にできないようです。
日本へ戻ってくるたびに、たったの二時間の時差が解消できない。
その結果、寝たり起きたりの変則的な睡眠に陥ってしまうからです。

それよりも、帰国した喜びが高まって興奮してしまい、眠れないのかもしれない。
そうだとすれば、五十過ぎのいい年こいたおっさんが、子供のようについはしゃいでしまうのもいただけない。
まあ、自制心の無い軽薄な奴だと言われれば、それでおしまいですね。

だから、こうして出国便の飛行機に乗ってタイへ戻るのは、ありがたいことなのです。
これで、寝不足の解消につながります。

と言う分けで、その生理学者の研究では、体の部分を司る体内時計の遺伝子情報を人工的に置き換えて、代謝機能の活動する時間帯を変えることができると言うのでした。それならば、もっと研究が進めば、時差ぼけ薬もいつかは開発してくれるだろうと、つい甘い夢を見て期待してしまう道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

おまけ:
これで、帰国中に書いた記事はおしまいになります。
これ以外にも、まだ、書き溜めた記事があるので、紹介していきます。
毎日記事をアップするとネタが枯渇するし、かと言って二日おきでは記事が余ってきます。
うれしい状況にはありますが、、、

2010年2月20日土曜日

雪のちらつきそうな街で見たの巻き

今日は、横浜は冷え込んでいました。
打合せが終わった後で、街中まで出向いてぶらついて感じたのです。
それで、宿泊先に戻ってから、テレビの気象予報を見ました。

寒いはずだ。
日中でも数度しかなかったようです。
真冬の寒さに戻ったような一日となってしまいました。
鉛色の雲が、下界を押しつぶしそうに、どんよりと空一面に広がっていたせいもあります。

やっぱり、この肌寒さこそ、日本の冬だと改めて実感しました。

でも、命の息吹きは、時の移ろいを実感しています。
近所の民家に植えられていた梅ノ木を、見てそう思いました。
つぼみから、一輪一輪と日を追って花を咲かせつつある。
そんな、ちょっとした何気ない風景の移り変わりが新鮮です。


日本を離れてしまうと、何もかにも新しく見えてくる。
タイに住んでいますと、冬の季節など想像の域を出ないものです。
ただひたすら、日々は三十度を超える惰性の単調さでしかない。

つまらんのです。
タイに季節のメリハリを感じられんのです。
でも、日本にはそれがはっきりとありました。

この違いは大きい。
季節の移ろいを、肌で敏感に感じ取れるのが日本なのだ。
そして、季節を飾る花木も、さまざまです。

そして、早春の訪れをいち早く感じさせてくるのが、この梅ではないでしょうか。

花弁は、桜より色薄く、見た目も地味です。
しかも、咲き揃い方も、そぞろに枝に花を開かせるだけだ。
でも、それが奥ゆかしさなのかも知れません。

やっぱり、日本の四季に魅せられてしまいました。
肌寒さの中に、花の咲く風景があるのです。
本当に静と動なんだ。

と言う分けで、明日はまたバンコクに戻らなければなりません。上さんも待っているし、生計を立てる場所が今はそこにある分けです。何時か日本に帰参したら、この早春の息吹きを改めて味わいたいと切望する貧乏社長なのでした。
(この巻き、終わり)

おまけ:この記事も帰国中に書き留めておいたものです。

2010年2月18日木曜日

帰参する準備に着手せよの巻き

今日は本社で会議があるんですよ。

現地法人の関係者が集って、半年一回の会議を開くって格好です。
議題は、色々とあるんですが、業績と今後の経営課題がメインなんですね。
それで、一月か二月に開くときは、前年度の報告と今年度の経営計画を発表します。
でも、日本は、まだ三月末まで経理を閉めていません。
大抵が四月~三月の暦年と異なる会計年次を採用しているのが慣わしです。

ところが、世界中の国では、カレンダー通りに会計年度にしているところがほとんどなんだ。

ちょっとしたことなんですけど、海外で違和感を感じました。
駐在で赴任されて一年経ってくると、何となく分かるようになるものです。
とにかく、お客さんから発注されるパターンが、日本と違う展開を見せるからなのです。

実は、東南アジアの会社は、一月から二月の初めで年次予算計画を立案する企業が数多くあります。
前年の十二月に策定するような、几帳面な企業に出会ったこともありません。
新しい年が始まったんだから、予算が無くて仕事もできないよー、どうしよー、って感じでやおら仕事を始めるのが当たり前だと思ってください。

だから、一月から二月に掛けて大型投資案件を受注するなんてことも無い。
入札を得意とする大手のお客さんからは、噂だけが流れてくるのみです。
でも、三月以降にありそうな情報をキャッチしたら、しめこのウサギですよ。
早速に、営業マネージャーを派遣して内偵に当たらせます。

そんなことを、うとうとしながら考えていました。
JRの通勤電車に座れたから、手持ち無沙汰のせいもあってのことです。

今日は、自社の研修会館から徒歩の範囲にある駅から、始発に乗りました。
六時三十一分の発車です。
随分と早いんだけど、田町に着く頃は七時半になります。
その頃には、喫茶店も開き始めるし、ちょうど頃合の朝食タイムです。

お店に立ち寄って、モーニングセットを頼んで新聞読んだりしましょう。
まあ、上さんはタイにいるから、朝ごはんの分だけ早く出てきたと思ってくださって結構です。

そうか、日本へ帰ったら、こんな通勤を再開するのだろうな。
でも、自宅からだと座席に座れるはずも無い。
ギュウギュウ詰めの電車にむりくり乗り込んで、小一時間を我慢せねばならんのですよ。

いやー、運転手付きの気楽な駐在生活は、いかに天国なのかが分かりますよ。
こんな、おしくら饅頭で通って、平日を社蓄で過ごさねばならんのだ。
でも、ここが日本なんですよ。
自分の母国ですから、このような生き様で暮らすのが、サラリーマンなら当然だろうと思うのです。

いやなら、このままタイに居残りをすれば良いのだ。
でも、五年も経てば、あなたは日本へ帰れなくなります。
なぜって、それは生活のリズムが明確に異なるからですよ。

日本人に植え付けられた体内時計の生理的な刻みは、正確で早い。
これがタイだったら、アポイントも一時間ぐらい遅れたって気にしない。
言い訳で、渋滞でしたからとか言えばそれで済んでしまう。

でも、日本だったらそんなことは許されませんよね。
サラリーマン失格の烙印を押されて、お客さんから出入り禁止になってしまう。
それに、電車で通勤するのに耐えられるかどうか、体力が保つかです。

生きているリズムが違うんですよ。

日本がベストだとは思いませんが、ここが私の祖国なのです。
誇りもあるし、ここで暮らしたいと思うは当然です。
私は日本人なのだ。
だから、帰参する時を焦がれ切に願うのです。

と言う分けで、本社へ出向くときはいつも始業始まりに出社できるように、通勤電車に乗って東京へ通う自分があるのでした。半年に一回とはいえ、こうやって体を慣らしておけば、いつか帰参した暁には即効で即戦力として、日本の職場へ復帰できると考える道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

お断り:
この記事は、今週月曜日、まだ日本にいる頃に書き上げました。
従って、タイに戻ってから掲載しましたので、時制が一致しません。
悪しからずご容赦下さい。

2010年2月16日火曜日

フロッピーさん、永久(とわ)の暇乞いの巻き

日本に帰ってきても、ちょっとアキバに直行してしまいました。
あの雑多な街にはえもいわれぬ原動力があります。
タイに住んでいても、魅力は永遠と言うわけです。

特にパソコン自作おじさんだった自分には、かけがえがありません。
パーツを物色するには、宝の街と言って良かった。
掘出し物、バッタもんをつかまされたとか、色々な思いでがありました。

それで、その秋葉原のとあるパーツやさんで見かけた光景です。

”最終入荷、FD ¥980、-”、、、
FDの略称といえば、フロッピーディスクです。
三十代以降の人なら、3.5インチの四角い媒体が、すぐにピンと来ます。
でも、通い箱に並んでいたのは読み書きをする装置でした。

このユニットのメーカーなら、日本のミツミさんを知っています。
自分も最後に買ったのが、五六年前で確かマレーシア製でした。
今回は、どこのメーカーかを確認しませんでしたが、そこかもしれません。

今や、データを端渡しする手段は、メール添付かUSBメモリーになってしまいました。
フロッピーでお渡ししますなんて言われても、どこの旧人類かと思われてしまう。
普段使うラップトップに、そんな読み出し機能もありません。

確かに世の中は、加速度的に進化してきました。
もはや、FDは1.44MBしか書き込めない、ちっぽけさです。
多分、八百万位の高画素で撮影した写真のデータなら、それ一枚でおしまいでしょう。

自分がフロッピーを始めて見たのは、三十年近く前のことです。
会社員になってからでした。
八インチと言う、二十センチ四方で、真ん中に穴が開いている大きな代物です。
しかも、図体の割りに128とか256キロバイトしか書き込めない。
それに、一枚二千円もしたバカ高い事務用品でした。

確か、16ビットパソコンが流行りだしの頃で、ウインドウズも動いていません。
値段も高価で、一セット百万円以上だったのを覚えています。
動くソフトも、ワープロ、作表計算など、単機能でした。
いちいち立ち上げては終わらせて、次のを起動させなければならない。
そんな七面倒くさい機械でした。

まだ、OAって言葉が目新しかった時代です。
ワープロなんかもタイプ室にあって、専任のオペレーターさんもいた。
そんな、懐かしき頃のお話です。

そうか、次代を担ったFDさんも、コンピュータの世界から引退されるのだ。
長い間、会社勤めの人間にとっては、皆が肌身離さず愛用した電子書庫なのでした。
自分も、退職までそう永くはありません。
そんな思いが脳裏をよぎりました。そして、店先に並べられ、ピンクのエアパッキンに身をまとった姿をいとおしく見つめました。

そんなわけで、ちょっと自分にイメージをダブらせた感傷的な心象風景になってしまいました。
十数年前始めてパソコンを自作した当時、フロッピーのユニットは七千円もしたのです。
かつては時代の寵児だったのに、人知れずにスポットライトも浴びずコンピュータの世界から消えようとする瞬間を、みぞれの降る寒いアキバで見かけた道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

2010年2月14日日曜日

実は部分的にアキバ・オタクだったのであるの巻き

今日秋葉原へ出撃いたしました。
そう、アキバって奴へ行ったんですよ。
寒かったなー、時折、みぞれ交じりの雨が降っていました。

そうですよね。
おまえ、バンコに住んでいるんじゃないのって、変に思うかも知れない。
もちろん、日本までジェットで飛んできたんですよ。
金曜日の深夜にバンコクを発って、成田に着いたのが朝の八時近くでした。

全然、眠れなかった。
眠たいから、このまま宿泊先の研修会館へ行って寝てしまおうか。
でも、いい大人が洒落にならんなー。
そうだ。
今日は土曜日でお休みだし、どこか暇つぶしに出かけよう。

実は、この時期、日本で定例の会議があるんですよ。
海外の現地法人関係者が集って、差し迫る議案も無いまま開かれるんです。
こんなのスカイプか何かで、遠隔のビデオミーティングをすれば良いだけだ。
時間もカネも掛けて、徒労に過ぎないんじゃないのと思ってしまいます。

まあ、いい年ですから、刃向かうのも大人気ない。
しきたりは尊重することに致しましょう。

でも、手荷物は両手でふさがったままだ。
そんなの抱えてぶらぶらするのもかったるい。
東京駅だったら、コインロッカーぐらいはあるんじゃないか。
と決心して、東京駅は日本橋口で荷物を預けてしまいました。

いやー、手ぶらで気楽になりました。
いざアキバへ出陣です。
あれっ、着いてみたら駅にあったデパートが見当たらない。
足場囲いで建屋が隠され、改装中なのでした。
お目当ての回転寿司屋とか、カツ丼屋で昼飯が食べられない。
残念なことです。

こうして、アキバも年と共に姿かたちが大きく変わっていくのを感じてしまいました。

でも、オノデン坊やのCMで有名なお店は健在なのです。
やっぱり、派手に宣伝の垂れ幕をまとった家電のデパートってイメージは最高だ。
何か、ワクワクしてきそうです。


それで、結局、ブラブラしながらパソコンのパーツを買ってしまいました。
古い機種のパソコンに必要な中古のパーツです。
パソコンは、流行り廃れも日進月歩です。
つい最近に流行ったと思ったモデルですら、部品は取り扱い中止になってしまう。

それで、買い置きしておくことにしました。
CPU、メモリー、グラフィックカードなどを最小限で買い漁ったのです。
実を言うと、閉めて来た日本の家には、お古の自作パソコンが何台も放置してあります。
このまま性能も補強せずにおれば、ウインドウズXPも動かなくなってしまう。


締めて八千円の買い物でしたが、衝動買いでした。
このブログを読んだら、上さんはお冠になるかもしれない。
まあ、タイに戻ったら、俺の趣味なんだから勘弁してくれと、説得することに致しましょう。

と言う分けで、ここアキバでは”じゃんぱら”のようなお店に出かけると、中古パーツが揃うのです。
しかも、中古のデジタル関連製品なら、下取りもしてくれるので便利なのでした。
昔は、自分も結構使っていましたから、久しぶりの買い物で、アキバ的オタクであった自分を思い出した道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

おまけ1:
あのアキバには、どう言う訳だか昔から、琉球泡盛を扱う会社があるのでした。
家電街なのに、地酒を扱うお店があるのが異色です。
いつも、見かけるたびに不思議に思っていまして、今回、改めて写真を撮影してみました。


おまけ2:
ウインドウズ7のPRショーもやっていて小雑誌をもらいました。
読んでみると、自分のお古PCでは、セブンは動きそうもありません。
ですから、グーグルが開発中のOSに期待しようかな、そんな感じです。

2010年2月12日金曜日

タイは学歴偏重なので学歴詐称して日本から来いの巻き

自分の働いている親会社には、高卒の役員がおられます。
日本の企業だと、学歴が全てではないと言う良い見本かもしれません。
仕事も技能も、会社の中で鍛えられ叩き上げられて頭角を現すのです。

でも、タイは超学歴社会なんですよ。

まず、学歴がものを言うのです。
地元の人なら、大学は最低出ておかなきゃと思うらしい。
初任給の時点で既に学歴による格差が、ドカーンと発生します。
これが、日本とは全く比較にならないほど大きいのです。

例えば、日雇い労働者の給料ですが、月給ベースで6千5百バーツくらいになります。
日本円にすると、今なら二万円以下です。
でも、大卒だったら、初任給が倍以上の一万五千バーツに跳ね上がります。

他方、日雇いは何時までたっても日雇いの条件のままです。
昇進、昇給とは全く無関係に、労働の切り売りを繰返すだけになります。
しかも、勤務年数が長くなればなるほど、この格差は広がっていくばかりです。
そうなると、収入の少ない家庭は子供に高等教育を受けさせるのが難しくなるでしょう。
そんな親であれば、その子供も将来高収入の職業につけるかは疑問です。

その結果、貧乏な家庭はいつまでたっても貧乏に追いやられる。
お金持ちの家庭は、バカでも学位の箔をつけて就職も有利で、ますますお金持ちになっていく。
よその国の話ですから、余計な口はさしはさめません。
ですが、学歴による収入格差は少なく出来ないものかと考えてしまいました。

さて、なんだかんだと言いましたが、地元の人は、社会人になってからも学歴を重ねたがります。

夜間の二部制の大学も大学院もたくさんあります。
そこへ通って、学位・修士、はたまたMBAを取ろうとする人は、わんさかおるのです。
本当に、人生一生の手取り総額が増えるかどうか、みんな真剣なんだ。

自分の会社でも、設計のチーフが夜間の二部へ通っていました。
地元では、普段、残業をしませんから、夜間の学校へ通うのは楽ですね。
本人も、昨年、めでたく工学部を卒業いたしました。

これで、彼も晴れて学士殿と呼ばれることになります。

でも、無理しなくても、立派に工業高専の卒業なのですよ。
日本だったら、このまんま働いていても遜色は無いような気もします。
むしろ、日本の工業高専は入るのが難しいくらいで、就職も悪くない。
下手な駅弁大学より、技術系だったらはるかに優秀で引く手あまたでしょう。

それでも、学歴は地元の人にとって麻薬のようです。
何せ、初任給を学歴が決めてしまう分けですから。
ただ、実際の仕事の実力とは、別物なことも分かっているはずでしょう。

裏を返せば、雇う方も学歴と言う安直な目安に依存しているのかもしれない。

昔、エジソンと言うアメリカの発明王がいました。
伝記の本が、子供向けにたくさん出回っていますから、みなさんもご存知でしょう。
たしか、小学校もろくに卒業しないまま、研究活動に没頭し始めた。
その成果が、蓄音機、白熱電球の発明に結びつきました。
これは、形式的な学歴でできるものではないでしょう。

ですから、本音を言えば、実力で勝負するタイ人がもっともっと増えてきてもいいような気もしました。

さて、このような話の終りに、駐在員が気を付けたいことが一つあります。
地元の人は、赴任者を最初に値踏みする時、ずばり学歴を目安にします。
人柄でも仕事の実績でもありません。
噂好きの地元っ子は、必ず囁きあっています。
緘口令を引いても、労働許可の申請を現地スタッフに任せてしまえば、必ず漏れます。
だから、高卒の方で立派に日本で仕事をこなしてきても、こちらでは軽く見られて反発を食らったりすることもあると覚悟してください。

実に単純で馬鹿げた価値判断です。
ですが、能力に関する深い思慮は伴わないのです。
残念な話ですが、これがタイの現実です。

もし、このような事態に手ひどく遭遇したくなければ、いっそ、学歴を詐称してみるのも手立てです。
つい最近、次のように英文で学位取得のお誘いメールを頂いてしまいました。

Subject : Give us a call to get a diploma.
Joyce Whitman
BECAUSE YOU DESERVE IT!
Is your lack of a degree holding you back from career advancement?
Are you having difficulty finding employment in your field of interest because you don't have the paper to back it up even though you are qualified?
If you are looking for a fast and effective solution, we can help!
Call us right now for your customized diploma: Inside U.SA.: 1-718-989-5740 Outside U.S.A.: +1-718-989-5740.
Just leave your NAME & TEL. PHONE # (with country-code) on the voicemail and one of our staff members will get back to you promptly!

と言うわけで、この手の学校では金の力を借りる「イオンド大学」と言うのが最も高名なのです。そして、自分にも似たような声が掛かってしまいました。まあ、駅弁大学の出身だから、呼びかけられても致し方あるまいと、苦笑する道産子社長がおるのでした。
(この巻き、終り)

2010年2月9日火曜日

陳腐でも、お客様の信用はかけがいの無い宝の巻き

BMWと言えば世界的な自動車メーカーです。
自分もそのオーナーになりたいと思うときがあります。
誰でも、一生に一度はオーナーになってみたい。

そんなことを思わせる車ですが、車の型式はそっけもありません。
525やら750とかエンジンの排気量を目安に設定してあるのだそうです。
でも、車には型式からは想定できない質感や高級感が感じられます。

品質も高いし、モノ作りにこだわりのある印象です。
会社自体にもそのようなポリシーが息づいているのでしょう。
名は体を表わすと言う格言がぴったり当てはまります。

昔、この会社について本で読んだ事があります。
その内容は、その新車をデーィーラーに注文したお客さんの話でした。
お客さんは、遠方でなければ工場へ見学に出かけます。
そして、工場のモノづくりをを十二分に確かめるのだそうです。

最後には、出荷ラインからロールアウトされた注文の車が待っています。
その場で、注文した車のキーを受け取れば、お客さんは既にオーナーなのでした。
そして、その新車に乗って工場を立ち去る。
従業人の拍手で送られ、お客さんはオーナーになった気持ちで満足です。

きっと、末永くこの車を愛し続け、乗り続けることでしょう。
思うのですが、かの会社はメーカーの鏡と言って好いと思うのです。
それで、わたしもそれに見習うことに致しました。

実は、手前どもの工場にも、お客さんが地方からよくお越しくださいます。
多分、バンコクの首都観光を兼ねて、遊びに来られるのだとは思うのです。
代理店の担当女性も、お客さんを親切にもてなしてくれます。

彼女の声がオフィスに響いているのが聞こえて来ました。
そうなったら、今度は私が登場する番です。
名刺を持って、商談中のテーブルに何気無く立ち寄ります。

サワディーカップ(こんにちは)。
インディーティーダイ ルーチャック(はじめまして)。

そして、さり気無く名刺を手渡していきます。
後は、担当の女性が後を引き継いで、私のことを紹介してくれます。
そうなのです。
わたしは客寄席パンダみたいなもんです。

でも、社長の名刺は意味が重い。
見学に来られたお客さまも、一人一人に名刺が渡されるとは思わないでしょう。
そして、工場見学をされている最中でも、再びお会いします。
時間があれば、後を追ってラインの途中途中で雑談をさせていただくのです。

こうして、お客様にはアットホームを感じていただきたいのです。
お客様との距離を出来るだけせばめて、我々のファミリーになってもらいたい。
こうすれば、お客さまは必ず発注してくださる。
しかも、お客さま自らがピックアップトラックを運転して、製品を引き取りに来られるのです。

こんなありがたいことはありません。
我々の提供する商品が、お客さまの商売を助け、繁盛していただける。

しかも、メンテナンス網が、タイの全国土をカバーしています。
お客さまをサポートしていることを必ず伝えるのです。
もし何かのことがあったら、二百キロ三百キロ離れていようが、その日はだめでも翌日には出向けることを説明するのです。

こうして、お客さんは値段も高いのが分かってくれます。
海外製のメード・イン・チ***のやらずぼったくりとは、品質もサービスも違うのです。
実に単純な心掛けですが、本当はこれが肝心なのです。

と言うわけで、当社はBMWと比べれば生産規模でも販売高でも、はるかに及ばないちっぽけな企業でした。でも、メーカーの考える道理は、普遍的なものがあるのではないかと思った道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

おまけ:どうしてもタイ駐在中の思い出として、防備録的に書き残しておきたかったので、書きました。

2010年2月7日日曜日

ブログって自身の総合表現なんだけどさの巻き

最近、バナーもブログタイトルも差し替えするようになりました。
自分に、気持ちの変化が伴うのかもしれません。
それに、季節の節目を描写で表しておきたいと考えました。

こちらタイにも、季節はあるにはあります。
ですが、日本の四季には適わないのです。
そんな艶やかな変化で、このブログを飾りたいと思うようになりました。

本当は、これまでもバナーの中身もいじくりたかった。
でも記事を書くのが精一杯で、そんな余裕はありませんでした。
一番最初のバナーは、味も素っ気も無い。
ただ、ブロガーに指定されたフォームにタイトルを載せるだけでした。

これではいかん。
そう思って、イメージイラストを試行錯誤で貼り付けて見ました。
しかも、北海道旗と母校の校章をあしらうのがやっとこさで、野暮さは否めない。
本当にやっつけ仕事だった分けです。

(初期のバナー)

そして、こんなわだかまりは消えないどころか募るばかりだ。
だから、自分に革命を起こそうと決断しました。
バナーを刷新しよう。
今までとは違う、自分の新しい表現を盛り込むのです。

(切り替えたバナー)

この写真は、実際に自分で撮影しました。
バックの写真を改めながら、ちょこっとタイトルを見直しました。
仕事中にサボって書いているから、へたれみたいなもんです。

このチェ・ゲバラの銅像は、キューバの中央部、サンタクララにあります。
キューバのお客さんは、実に良い人たちでした。
あの社会主義の国で、お客さんと一緒に国土を横断した記憶がよみがえります。

そうだ、自分のブログをあの革命になぞらえよう。
こうして、ガサゴソ写真を探し出してきて、貼り代えました。
そして、キャプションもチェンジです。
前のは、人のブログからパクリました。
ですが、自分なりのビジネス・スタイルをこちらで既に見出しました。

そんな思いで気分一新したのです。

さて、バナーの変更なんですが、三十以上を作り置きしました.
これから、気分次第で、とっかえひっかえしたいと思います。

上さんが写真好きなんですよ。
これまで撮り溜めした写真から選んで見ました。
それから、バナーに必要な大きさにフレームを切り抜きました。

後は、ブログタイトルを入れながら貼り付ける予定です。
なぜなら、ブログタイトルも気まぐれで変えるかもしれないから。
ですので、写真だけを先ず保存しました。

それで、バナーモデルも「パオパオ象さん」から「雪だるまさん」に、早速代わってもらいました。

(パオパオ象さん)

今年、日本は厳しい冬の季節を迎えています。

この雪だるまさんは、一人でポツンと座っていました。
田舎の温泉へ行った時に、川沿いの公園にポツンとベンチで見かけたのです。
寂しげでもあり可愛らしい。そんな冬の姿を、上さんがパチリと撮っていました。
それで、選んでみたのです。

だから、自分に思い出のある背景がコロコロ入れ替わるかもしれません。
そんな気まぐれにお付き合いいただければ、幸甚だと思う道産子社長なのでした。
(この巻き、終り)

2010年2月6日土曜日

早く動くのなら、脳味噌の記憶量も増やしたいの巻き

最近、パソコンの動きが重くなりました。
レノボのR61eと言うありふれたベーシックなモデルです。
やはり、軽快なフットワークで動く方が気持ち好い。
もちろん、ラップトップパソコンなのですが、メモリーが不足しているようです。
XPなら、512MBもあればサクサクと動くだろうとタカを括って買いました。

もちろん予算も節約したかったので、正規品は買えません。
”じゃんぱら”とか言う中古品も扱うアウトレットのお店で探しました。
お値段は、一金4万9千8百円也です。

でも、もう使い出してから一年半以上が経過しました。

コンピューター業界は、よくドッグイヤー(犬の年齢)に例えますよね。
カレンダーの一年が、技術的な進化として7~8年分になぞらえるのだそうです。
だから、一年半と言うのは十二歳なのだ。
もう小学校を卒業してしまう時分なのです。

それに、心臓部のCPUだって先端品は使われていない。
スペックを見る限り、数年前のハイエンドだった部品です。
今は普及化したパーツになり果てています。
しかも、今流行のデュアルコアとか言うCPUの機能を二個連装したチップでもない。

不惑のおじさんには、単機能の頭脳のほうがお似合いかもしれません。

さて、段々、使いなれてくるとささいな反応の遅さが気になります。
ウインドウズも、追加修正プログラムとかをわんさか自動インストールしてくれる始末です。
ウイルス対策のセキュリティー確保とか機能向上だったりして、目的も色々とあるようです。

でも、プログラムが増えるのは、それを使いこなす上で、CPUがメモリーをたくさん消費していることじゃないでしょうか。

当てずっぽうですが、当らずとも遠くからずと思うんですよ。
しかも、ムービーメーカーの編集で、結果を保存できないケースがあるのです。
元データが大きすぎて、メモリーの編集領域を軽くオーバーしてしまうようです。

うーん。
これ以上は、ブログで面白い動画を載せられなくなる。
やっぱり画質も良くしたいしなー。
決めた。
メモリーを増量してみよう。

それで、色々とネットで探しました。
助かったのは、売れ筋の商品には情報が簡単に探せるとことです。
メモリーの増やし方も、あるブログ主さんが紹介されていられました。

でもメモリーの買い方が分かりません。
ここには、ヤマダ電機もビックカメラも無いよーん。
しょうがない。
ここは、電算課長がPCのパーツを買いに行くついでに、連れていってもらいました。
まあ、自宅でこのPCを使って会社のメールも打ちますので、公務にしておきましょう。


安いですねー。
メモリー1GBで890バーツ、二千五百円しませんでした。
キングストンと言う結構有名な品物もありましたが、電算課長は高い方を選びました。
好みかもしれない。

それで、取り付けもネットで紹介されたマニュアルどおりに簡単に済みました。
後は、起動してメモリーが本当に載ったか画面から確認するだけです。
大丈夫でした。
合計で1.5GBなので、不惑おじさんにとっては大容量となりました。
このレノボは、2GBがマックスですからこんなもんでしょう。

それで、メモリーの読み込み・書き出しに依存すると思われるコマンドは早いようだと体感しました。
でも、若干の程度だけです。
まあ、これでストレスが軽減されるのなら良しとしましょう。
後は動画編集ですが、これはまた後の楽しみにさせていただきます。

と言うわけで、メモリーは自腹でした。公務に使う時があると言っても、私物は私物なのですよ。このようなルールをおろそかにしてはならない。そこに、公私を分けてネットを楽しむ道産子社長がおるのでした。
(この巻き、終わり)

2010年2月4日木曜日

きれい好きな国民なのだから、糞尿投下はダメよの巻き

基本的にタイ人はきれい好きです。
一日に何回も水浴びをします。
もちろん、普通の家庭では、お湯の出るシャワーなんかありません。
水を桶にためておいて、ひしゃくやら洗面器でザブッと水をかぶるのです。

年がら年中夏だらけのせいか、涼を取る意味もあるのでしょう。
確かに、学校で習いました。
気化熱って奴ですね。
水が蒸発する時、熱が必要になります。
その時、濡れている物からは熱が奪われるのです。
だから、水浴びで体をぬらすと、涼しく感じるわけですよ。

朝の目覚めに、ザブッ。
帰宅したら、サブっ。
食事をしたら、ザブッ。
そんでもって、夜寝る前にザブッて感じです。

本当に好きなんですよ。
でも、自分もその習慣にハマッてしまいました。
出かける前とか帰ってきたら水浴びをしないと、「汚い」と思ってしまう。

そう言えば、”スモーキン・ブギ”と言う曲を思い付きました。
かなり昔、ダウン・タウン・ブギウギ・バンドが歌っていたと思います。
未成年なのにタバコが止められず、朝から晩までスゥーパッパとタバコを吹かすと言う歌詞です。
それで、その歌詞の中に、こんなフレーズがあります。




目覚めの一服、
食後の一服、
授業をサボって 喫茶店で一服、
風呂入って一服、
クソして一服、
そいでまたベッドで一服、
朝から晩まで スモーキン・ブギ
朝から晩まで スモーキン・ブギ

これなら、替え歌ができそうです。

目覚めの水浴び、
食後の水浴び、
授業をサボって ラブホで水浴び、
風呂場で水浴び、
クソして水浴び、
そいでまた寝る前に水浴び、
朝から晩まで 水浴び・ブギ
朝から晩まで 水浴び・ブギ

なんて、一人で勝手に考えてしまって笑い出してしまいました。

さて、話をタイに戻しましょう。
最近、アピシット首相が尾篭な嫌がらせにあったようです。

タイ首相私邸に糞尿入り袋投げ込み
(2010/2/ 3 (03:38)、newsclip.beより)

【タイ】1日、バンコク都内スクムビット・ソイ31のアピシット首相宅に糞尿と腐った魚が入った袋が投げ込まれた。
警察は防犯カメラの映像から割り出したタクシー運転手の男性に事件との関係を聞く方針。
事件についてアピシット首相は2日、「こういうことには慣れてる。昨晩もぐっすり眠れた」と意に介していない様子で、引っ越す気がないことも明らかにした。
一方、治安担当のステープ副首相はタクシン元首相支持者の犯行という見方を示した。

きれい好きな国民なんだから、こんなことはしてはいけません。
かえって民度が低いといわれしまうだけです。
こう言う特技は、かの国の人々に任せておけばよいのです。

あわや国会本会議場が『汚物』まみれに~審議中に騒いだ60代男性、取調べ中に人糞投げる [07/6/11]
米国産牛肉販売初日、市民団体が‘牛の糞’デモ [07/7/13]
身体障害者ら5名、***の真ん中で人糞まきちらす [06/7/10]
「フライドチキンの中から虫」 腹を立てた客が大便まく [05/1/28]

よくは分かりませんが、汚物に対する何か執着があるのでしょうか。
うーんと踏ん張って唸ってしまいました。
抗議の仕方は、他にないものでしょうか。
そんな風に思えるのです。

そんな分けで、地元の皆さんは、そっちから何かを取り込みたければ、液晶テレビや携帯でも買って使い回せば良いのです。生活と文化に見習うべきものは無いようですよと、注意したくなる道産子社長なのでした。
(この巻き、終り)

2010年2月2日火曜日

元オナペットが事業仕分けなんかすんなの巻き

あなたは、人事異動で海外へ駐在することになりました。
現地での仕事・生活をどうやってこなそうかと不安になりませんか。
駐在の前任者が引継ぎで総てを教えてくれるでしょうか。

多分、出国するまでの日本で引き継ぎ業務が大変なはずですよ。
駐在の現地で引継ぎすると言っても、一週間あれば良いほうかも知れない。
アパートも探しおかなきゃならないし、労働許可証の申請もあるだろう。
時間が限られているのに、やることだけはてんこ盛りなんです。

もし海外営業畑の人なら渡航経験もあるから何とかなりそうです。
でも、あなたが技術畑出身だったり、国内生産部門の出身だったら、お困りでしょう。
まして、中小企業が初めて海外へ工場を建てて進出するとなったら、社内にハウツーの分かる人は皆無です。

それでも、待った無しなのです。
日本の企業は海外へ進出せねばなりません。

実に民主党は素晴らしい。
円高を容認した功績で、一ドルが90円に張り付いていしまいました。
いざとなれば、気運次第で80円でも70円でも簡単に上昇するでしょう。
おかげで、国内に安い物がどんどん流れ込んできますから、工場は厳しい競争を強いられる。

もう、日本で”ものづくり”をする余裕は無くなりました。

すでに企業は、青息吐息なのだ。
生き残りを賭けて、工場を海外へ移転するしか手立てが無いのです。
労賃が安く、原材料の調達コストも下げられる。
しかも、電気・工業用水等の用役コストなら、海外は手頃な国が多い。

そうすれば、安い製品が供給できて、商売が続けられる。
でも、どうやって、どこからノウハウを手に入れるのか。
仮に、進出先も何とか見つかって工場の箱物もできたとしましょう。

誰が行くんだ。
どうやって、現地人と一緒に工場を経営するんだ。
法律は、どうなっている。
営業許可や操業許可は取得できたのか。
みんな、分からない事だらけなんですよ。


でも、そんな困った時、OVTAさんに駆け込めば何とかなったのです。
この組織は、社団法人 海外職業訓練協会と言います。
海外派遣前の赴任者を対象に、実務研修・管理者研修を実施してくれました。
しかも、進出先に応じて、中国・タイ・インド・ベトナム・インドネシアとコースを分けた丁寧さでした。

でも、もうこのコースは利用できない。
なぜなら、きれいに跡形無く廃止されたからです。
民主党さんの貢献度は計り知れない。
華麗な政治情動型パフォ-マンスの大衆演劇がものを言いました。

つまり、かの組織は、「事業仕分け」と言う術中に嵌ったのです。
そして、悪代官となり果てバッサリと切り捨てられたのでした。
もちろん、「二位じゃいけないんですか?」とほざいた元オナペット姉ちゃんもテレビで見ました。


でも、このOVTAさんの予算はたったの三億円だよ。
これで助かった中小企業だって多いはずだ。

昨年の1~10月の間で、タイのBOI(投資委員会)へ申請した日本企業は、201件に上りました。
しかも、三億円以下の小規模な直接投資がほとんどです。
みんな、中小企業は、タイへこぞって引越して来ているのだ。
日本のものづくりを伝えるために、技術移転しているのです。

それにもかかわらず、民主党は、民間企業の最後のチャンスさえ助けようとしないのだ。
本当に憤りは隠せない。

と言うわけで、自分が海外合弁担当だった頃、赴任者を研修で送り出したのを思い出しました。そして、自らも今の赴任に当たって受講してきたのです。日本を亡国にするために、活躍されておられる、今はオナペット母ちゃんに感動した道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

おまけ:
OVTAさんから、タイ事務所の閉鎖を親切にもご連絡いただきました。
※クリックすると拡大されます。

台湾坊主さん、お久しぶりの巻き

おや、東京は雪が降っているよー。

上さんに声をかけながら、テレビを見ていました。
重そうな湿った雪が、画面のノイズのように降り注いでいます。
帰宅で慌しい雑踏には、傘の花が咲いていました。

衛星放送は、そんな日本の四季を映像で伝えてくれます。
そうなんだ。
今は、日本は冬なんだよねー。
でも、こちらは夏時分のままだ。
季節のこだわりが次第に鈍感になって行く。
そんな、つぶやく自分を可笑しくて笑ってしまいました。

その内に、天気予報の解説が始まりました。
太平洋岸を、発達した低気圧が上陸することも無く、舐めて行くようです。
台湾坊主だ。
久しぶりに典型的な坊主さんを見てしまいました。


でも、この言葉は台湾の方に失礼だと言うことになりました。
今は、使われない死語になっています。
でも、個人的には愛嬌があって好きですね。

ただ単に、冬場に台湾近海で発生する低気圧を指すだけなんだけど。

今日、工場の温度計は、何時も通り外気温三十度以上を指しました。
まだ乾季とは言え、次第に蒸し暑さが募って来ます。
タイは夏しかないのだ。
そんな、常夏の国です。

雪など降ることがあったら、天変地異かハルマゲドン。
最高峰ドイインタノンは、標高2565メーター。
北海道は大雪山の旭岳よりも高い山なのに、降りるのは霜だけ。
雪とは全く無縁の国、それがタイなのです。

雪の言葉も、白い頂きのヒマラヤ山脈を連想したもの。
それがなまって”ヒマっ”になったんだそうです。
だから、自然に見られない氷にも単語が無い。
ナムケン、つまり「硬い水」と称しております。

確かに固いよねー。
そんな国が、タイでした。
(この巻き、終り)