2012年2月21日火曜日

バガンの仏教遺跡で、平家物語を思い出すの巻き



 祇園精舎の鐘の声
 諸行無常の響きあり
 沙羅双樹の花の色
 盛者必衰の理をあらはす
 おごれる人も久しからず
 ただ春の夜の夢のごとし
 たけき者もつひには滅びぬ
 ひとへに風の前の塵に同じ


この平家物語の冒頭を暗記しました。
中学生の頃だったでしょうか。
何度も読み下すうちに、格調の高さに触れました。

漢語を交え、余韻の残る体言止です。
滅びのはかなさが、この一節に凝集されています。
リズム感のある文体が、現代にも通用するかもしれない。

それで、どういう分けかバガンでふと思い出しました。
朽ち果てた仏教遺跡は、例えそのものです。
祇園精舎は、インドにあるお寺の音読みだそうです。

そんなお寺つながりが、容易に連想させてくれました。
遺跡を見るにつれ、栄枯盛衰を強く意識せざるを得ないのです。
しかも、三千もの仏塔・寺院が林立する光景は圧倒的でした。


なぜ、往時を極めたパガン朝は衰亡していったのか。
ちょっと、興味を持ちましてネットで調べてみました。
まず、直接の原因は、モンゴル(元王朝)の侵攻でした。

これにより、王都が放棄されたのが始まりです。
しかも、モンゴル人によって略奪されたと考えられています。
完全に都市機能は崩壊してしまったのでしょう。

それでも、この地に留まった僧侶達は仏教に帰依し続けました。
その後も、仏教研究の場としては繁栄を続けたとあります。
これが、バガンの遺跡を保存させることになったのかも知れません。

と言うわけで、他に間接的な理由もありまして、王族や貴族が過度に寺院へ寄進をしたことから、極度に財政を悪化・疲弊させたのが、大きな要因なんだそうです。他方では、仏教を国教として定めることで、安定して国家を統治できたのも事実でしょう。行きすぎた帰依ゆえに衰退してしまった現象は、同時期に栄えたアンコールワット遺跡で有名なクメール王朝も同様ですが、皮肉としか言いようがありません。そんな諸行無常を感じてしまった道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

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