2009年9月30日水曜日

バンコクのゴロピカドンは凄まじいのだの巻き



バンコクの雷神は、日本より癇癪持ちなのだろう。

落雷する時の音も凄いが、降り出した雨足の激しさも、尋常なものではない。日本に住んでいても、最近は地球温暖化のせいか、熱帯化が進んでいるのか、結構、激しい夕立と雷雨がセットになって耳をつんざいていたような気がする。それでも、タイの日常茶飯事としてやって来る方が凄まじいのだ。余りに凄まじいから、日本語に特有なピカドンとかゴロゴロのような擬態語は、はっきり言ってバンコクにはふさわしくない。もっと、ストレートに明け透けに、地上の安逸な生活を天上から懲らしめるように、雷光が激しく突き刺さって来る。

きっと、お天道様は、季節労働者なのだ。

5月の末から10月の間まで続く雨季の間に、八面六臂の活躍をしているに違いない。雷さまも、太鼓の皮がくたびれ破れそうになるまで、ドンドコドンドコと叩きまくり走り回るのだ。そして、疲れ果てて身動きが取れなくなるのか、11月には雨の日もめっきり少なくなり季節の変わり目、乾季を迎えるようになる。

雷さま、どうもご苦労様でした。また来年まで、ゆっくり休んでくださいね。

そんな言葉を掛けてあげたいぐらい、ここバンコクの驟雨は激しい。熱帯地方にはスコールと言う雨降りがあるのは、日本で既に見知ってはいた。ただ、見ると聞くとは大違いで、こんなに雨足が凄いとは思いもよらない。まるで、シャワーだ。近所の通りでは、降雨を排水できずに道路が冠水してしまうことも度々起きている。

正直言って、バンコクに住み始めた頃は、この雷が好きではなかった。やはり、怖いのである。ドカーンと落ちれば、ブルッとしてしまう。肝っ玉の小さい奴だと笑われても仕方ない。それでも慣れと言うのは恐ろしい。毎日のように雷が落ちれば、一ヶ月も過ぎて来ると何と思わなくなってしまった。

そう言えば、明日からは10月だ。

もうすぐ雨季も終わり、雷さまとはしばしの別れが来るだろう。そんなことを思いながら、バンコクの日常を音で表現するとすれば、絶対に、落雷の音は欠かせないと思った貧乏社長なのでありました。
(この巻き、終り)

今夜は、帯広豚丼の道産子与太話なのだの巻き

おふくろが亡くなってから、既に三十年以上が経ってしまった。

祖母も兄弟の伯父さんも既に鬼籍に入って、今や、残された親戚も義理のおばちゃんや従兄弟だけになった。自分も半世紀を生きてしまったのだと感慨深いものがある。それで、北海道に住む自分の血筋が薄れていくのは、やるせなく寂しいと感じるものの、時の移り変わりに命は逆らえず、致し方ないのかもしれない。

おふくろは、十勝地方の芽室町に生まれた。帯広の隣にある町で、何とかJRの特急が停まってくれる。それでも、人口は二万人あるかどうかの小さな町だ。今では、親戚も仕事の関係などで、帯広に移ってしまったのだが、自分なりには懐かしい記憶がこの町には残っている。自分が子供の頃、おふくろは里帰り気分で、よくこの町へ連れて行ってくれたからだろう。

そんな十勝地方が、自分にとっては心の故郷なのかもしれない。毎年、上さんを伴って墓参りのついでに、ふらふらっとつい立ち寄ってしまう。親戚も、突然やって来た我々を、嫌がらずに遠路はるばる来たからと言ってもてなしてくれる。

そんな、暖かい気持ちの十勝地方が好きなのである。

一人の伯父さんは、帯広でも国立の畜産大学とか甲子園に出た農業高校に近い川西地区に住んでいた。そう言えば、この辺りには、田中義剛と言うエセ道産子芸能人が、胡散臭く運営する”花畑牧場”とか言う観光牧場がある。ただ、地元の人は全く関心が無い。他所者がやってる農家モドキの商売ごっこぐらいにしか見ていない雰囲気もある。色々話を聞くと、地元の人の農業ノウハウを盗んでは、それを商売に仕立て上げて、利益を横取りするとか何とか、余りよい話が伝わってこない。

それで、インターネットなんかを見ると「花畑商法」とか揶揄している人もいるようだ。

自分も、千歳空港の土産物店で花畑牧場に立ち寄ったりしたこともあるし、昨年だったか、里帰りした時にホエー豚を使った豚ドンの出店も見かけた。後で、ネットで調べたら、東京・青山支店では豚丼一杯を1450円のお品書きにしているそうだ。個人的には、すごいふんだくり商売だなーと思ってしまう。

なぜなら、庶民のどんぶりなのだ。帯広市内の食堂なら、どんなに有名でも八百円くらいで食べられる。

  ※「丼百科」より転載させていただきました。

豚丼には自分自身にも思い出がある。四十年前、おやじが単身赴任でワイン城で有名な池田町に住んでいた時、夏休みを利用して遊びに行ってみた。その寮には、親切な賄いのおばさんが一人いて、その時出してくれた豚丼が、一番においしくて印象に残ってしまった。今だにその味を思い出すことがある。

それで、豚丼を言葉で表現するのは難しい。残飯食って泥だらけに走り回って、健康的に育てられたトンちゃんの肉に、甘辛いとろみのあるたれをからませて、盛り付けて食べるとだけ、言っておこう。花畑のホエーだかハラホロヒレハレーだか知らないけれど、そんな薀蓄てんこ盛りの肉にからませて食べた挙句、大枚毟り取られるのも、何だか味もふところも、さもしいような気がするのである。

つまり、ご当地メニューの味を素朴に暖かく知ってしまった者としては、合点がいかないのだ。

そんなわけで、あの頃、賄いのおばさんが作ってくれた豚丼は、見た目が「食堂おふくろ」に近いと思っているので、タイから帰参したら、ぜひに帯広へ食べに行こうと思った貧乏社長なのでした。
(この巻き、終り)

2009年9月28日月曜日

インフルエンザの恐怖はまだまだ続くのだの巻き

先週の金曜日から、体温が37度を少し上回る微熱が続いて、何もできずに週末を送ってしまった。

自分の平熱は、36度5分くらいだから、7度を超えると熱っぽいのがはっきり分かるのだ。考えがぼやっとしてまとまらなくなったり、足元がひやっと感じだす。ただ、バンコクの気温は、日中、33~35度くらいまで簡単にあがってしまうので、忙しさにかまけてしまうと見過ごしてしまうことも多い。

多分、疲れなんかもだいぶ溜まって来ているのだろう。何せ、日本だったら夏真っ盛りの状態が、乾季の暑くなる4月から始まって、雨季に入ったとしても10月末までは続くのだ。夏バテをしない分けが無い。こんな過酷な季節の中で、既に半年を経過したのだ。バテて当然だろう。

いや、それにしても、この微熱は微妙に心持が悪い。なぜなら、タイではインフルエンザが原因で死亡した患者の数が百六十人に達したと報道されているからだ。ひょっとしたら、自分もそれに罹ってしまったのではないだろうか、そんな問いかけを自分自身に思わずしてしまう。


これまでは、バンコク在住者のブログで、大使館の緊急一斉メールによるインフルエンザ情報を、しばしば読んできた。ただ、最近はほとんど見かけていない。その代わりに、タイ入国管理局本部の一部部門移転に関するお知らせが、最近、この十日付けで通報された。この情報も役には立つ。しかしながら、病気とか犯罪とか政情不安とか、自分の身に直結してくる話題の提供が、正直有り難いと思ってしまう。

いや、本音を言うと、自分もこの一斉メールをどうやって入手するのか、これまで知らなかった。どこかのブログで必ず紹介してくれるから、それで済ませてしまえばいいと安易に考えてきたのも事実である。結局、本人当てに必ずもらっておくべきだと考え直して、ついこの間、日本大使館へ電話をしてみた。

何のことは無い。海外に住み始めたら、必ず届ける在留届にメールアドレス記入欄があって、それを参照にして通報されると言うのが分かった。それで、自分の書いたアドレスが、あやふやに書き込んだせいで、送られていないらしい。これは不味いと思って、今度は勤務先のアドレスをメールでしっかりと案内させてもらったのである。

それで、初めて届けられたのが入国管理局移転の話なのである。インフルエンザではない。

いや、本当なら、これから涼しい季節に移り変わり、乾季に入って菌も飛び散りやすくなる。そんな頃合だから、インフルエンザは本格的に流行りだすと考えるのが当たり前だ。その時節を敏感にとらえて、何か有効な情報提供をしてもらいたかったのである。聞く所によると、日本ではマスクをする人がほとんどいなくなってしまったと言うではないか。あの五六月のマスク売り切れ騒動は、一体全体何だったのだろう。こちらから、親会社にせがまれた挙句マスク二千個を送った事実をなんとすれば良いものか...

そんなことを考えながら、自分の微熱は、疲れから来る単なる風邪だと言い聞かせる貧乏社長なのでありました。(この巻き、終り)

<おまけ>
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 タイ在留邦人の皆様へ

 【大使館からのお知らせ】
              
                     緊急一斉メール

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タイ入国管理局本部の一部部門移転について(2009/09/10)

1.タイ入国管理局の発表によれば、現在までバンコク都内南サトーン通りソイ・スアンプルーに所在していた入国管理局本部のうち、一部の部門が、2009年9月28日から、バンコク都内チェンワッタナー通り 政府総合庁舎Bビルディング2階に移転することになりました(詳細地図は大使館又は入国管理局ホームページをご確認ください)。

2.同総合庁舎に移転するのは入国管理局第1課であり、同課取扱事項の
  ・外国人住居登録関係
    (住所変更届や90日毎の現住所届出、所謂「90日レポート」等)
  ・ビザに関係する事項
    (タイにおける滞在許可の更新・延長等手続等。日本大使館でパスポートや渡航書を新規発行・紛失再交付等した場合の、入国スタンプや滞在許可の転記作業も含まれます)
に関しては、9月28日以降、移転先にて事務手続を執り行う必要がありますので、ご注意ください。
(但し、移転作業の都合等により事務手続開始日が若干変動する可能性が考えられますので、確実を期す場合はタイ入国管理局に直接開館の有無につきご確認願います)

3.詳細につきましてはタイ入国管理局ホームページ内
  英語版 http:www.immigration.go.th/nov2004/en/2notice/20090825BKK_en.pdf
  タイ語版 http:www.immigration.go.th/nov2004/2notice/20090825BKK_th.pdf
 をご参照ください。

○在タイ日本国大使館領事部
 電話:(66-2)207-8502、696-3002(邦人援護)
    (66-2)207-8501、696-3001(パスポート、証明、在外選挙等)
 FAX:(66-2)207-8511

2009年9月26日土曜日

演説は日本語でするべきであったと、後悔先に立たずの巻き

鳩山由紀夫首相の国連デビューは、杜撰だった。

比べるまでも無い。お母さんが我が子に期待する、赤ん坊の公園デビューの方が思慮深いのである。つまり、鳩山は日本と言う我が子に虐待して、国連と言う見物客の前で、無理な曲芸をさせる約束をしたのである。

気候変動サミットで登壇した首相は、初めから落ち着きが無い。おどおどとした感じも受ける。一所懸命に原稿に目を通すだけのスピーチが始まった。まあ、日本人だから、発音の拙さは良しとしてあげよう。しかし、あの原稿は一体全体、誰が作ったのだ。

また、日本人の悲しい英作文だ。メリハリも抑揚も無い。

犬HKの海外衛星放送ニュースで、聞いていて呆れてしまった。海外で働いてくると、ビジネスは一言一句を英語で勝負する世界が、当たり前になる。だから、英語で説得力のある、分かりやすい言い回しに磨きを掛けざるを得ない。つまり、英語の感性が、実体験としてそれなりに研ぎ澄まされるのだ。日系企業の多いタイと言えども、英語ができなければ相手にされないのを覚悟した方がよい。

これは、話し言葉であろうかが書き言葉であろうが、同じなのだ。
国際政治の世界なら、もっと状況は厳しいはずだ。

それにしても、あのいまいましいクソ原稿は何だ。拙さでは当代随一である。判じ物か、呪文か、はたまたマントラなのか、あのような言い回しでは、誰も相手にしないだろう。産経新聞によれば、首相演説自体が、民主党内で地球温暖化対策に取り組んできた福山哲郎外務副大臣を中心に作成した文書で、外務官僚らには、触れさせなかったとある。

つまり、ど素人のブレーン達が、政権簒奪をいいことに、思うがままに知的作業で自慰をして、果てた成れの果てと言って良い。

それで、どれほどひどい原稿なのか実際に詳しく検閲・検証してみる。先ず、原稿探しを始めた。グーグルで関連するキーワードを片っ端から入力して探したのだが、スピーチを話題にしたブログはたくさん見つかっても、原稿自体が引っかからない。ようやく、とあるブログで英文・邦文の両方を掲載しているのを見つけ出した。どうやら、出典は外務省ホームページらしい。早速、参照しに行く。

日本語はあった
あれっ、英語の原稿は既に削除されているではないか。

外務省も、責任を回避したいのだろう。既に隠ぺい工作に走ったと見える。役人も金玉が縮みあがったのか、民主党のご主人様には三跪九叩頭なのだ。まあ、好きにさせるがよいわ。それに、外務省のレターヘッドによる配布資料もPDFで入手したことから、ブログで掲載してあった原稿が本物であることも確認できた。

(実を言うと、二十五日朝の時点では英文原稿が参照できなかったので、そのように記事に書きましたが、夜になって復活しているのが判明しました。何か、圧力でもあったんでしょうかね。)


それでは、貧乏社長の添削を冒頭部から始める。

<原文:第一段落>
It is my great pleasure to address (in) this timely meeting of the United Nations Summit on Climate Change. I was appointed as Prime Minister of Japan six days ago, in a historic change of government achieved through the will of the people at the recent elections.

ダメ。言い回しがくどい、落第。添削してみる。

<添削結果>
Herewith, I am pleased to deliver my timely speech for Climate Change. Now, I 've just assumed the post of Japanese Prime Minister as the result of people's will in the election.

こっちの方が、自然に言葉として抑揚が出るはすだ。

しかも、演説に付帯的な説明は要らない。原文の”国連の会合で”とか、"つい六日前"とか、蛇足以外の何者でも無い。しかも、国連の議場で”歴史的な選挙”とかぶち上げたところで、何になるのだ。唯一、世界がそれを指すのは、覇権国家アメリカの黒人系大統領の誕生だろう。原稿の責任者は井の中の蛙に過ぎない。極東の黄色人種の国家が、どれほどの認識にあるかをわきまえておくべきだ。

<原文:第二段落>
Climate change affects the entire globe and requires long-term and international efforts. Thus, it is imperative for all countries to address the issue under the principle of "common but differentiated responsibilities". With the change of government, as Prime Minister of Japan, I will now seek to unite our efforts to address current and future global climate change, with due consideration of the warnings of science.

最悪。恥ずかしくなってくる原稿だ。恥さらしとは、よく言ったもんだ。

<添削結果>
The issue of climate change is making an strong impact to us globally and our international solution is necessary with an eye to a long term range. Thus, all nations need to take actions on condition of common but different burden portion. With the advent of new administration, Me as Japanese Prime minitser would like to respond to current and future global climate change together with each country leader while we are seriously considering warnings through scientific analysis.

原文は、受験英語で凝り固まった文章なのである。そう言えば、民主党政権は、東大卒の閣僚がほとんどだそうだから、さぞかし学業では優秀であったのだろう。外務省の日本語訳も、ごまかしながら小器用にまとめているが、作業は頭が痛かったと思う。それだけひどい英語なのだ。添削した結果は、平明に説明するため、言葉を補ったり字句を増やしてみたので、つい長くなってしまった。

もう、添削するのがいやだ。

なぜなら、全文を見直すことになるからだ。最初の短い段落のたった二つ分で沈没している。国益を損ねる以外の何物でもないぐらい、ひどく劣悪・不明な文章である。これでは、各国の追従も無く、25%の削減目標だけが取り上げられ、一人歩きするだろう。原稿自体に説得力が無いから、付帯条件は必ず無視される。そして、単純に言いだしっぺとして、国民はその目標を強制され、塗炭の苦しみを味わうのだ。

何ゆえ、実態のある統計的な数値を例証して、演説を進めなかったのだろうか。
このグラフを見るがよい。

例 : 出所)IPCC第4次評価報告書2007 (クリックすると大きく見られます。)
全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイト(http://www.jccca.org/)より

二酸化炭素排出量は、一人当たりで見れば、ドイツよりわが国日本のほうが低いのである。つまり、われわれはすでに環境先進国の仲間入りを果たしているのだ。本腰を入れるべき国は、世界の四割の排出量を占める米中の二大国なのだ。だから、目標は各国別に具体的に設定されるべきである。それを、何ゆえ一律削減と言う単純すぎる目標に焦点を当てたのだろうか。

それは、見栄えと聞こえが良いだけだからと思う。民主党と鳩山首相は、国際政治のデビューで、経験の足りなさから、将来に大きな禍根を残す過ちを犯した。スタンドプレーの愚か者としか言いようが無い。それでも、地球の環境を守り、子々孫々に美しい地球を残していくことが必要だと問いかけたいのなら、どうすればよかったのだろう。

それは、簡単だ。もっと説得力のあるマシな、誤解を受けない演説原稿を用意すべきだったのである。

各国が相応の犠牲を強いた協調体制を構築すべきだと、数字を例証して、諄々と淡々と説明する。そこには、自らの犠牲が伴うことも強調して、紛れも無く一国の宰相である強い意志を示さねばならない。原稿を盗み読んで喋るのが精一杯で、聴衆に余裕を持って語りかける余裕すら無い男に、国際政治の舞台を与えてはならないのである。

と言うわけで、帰っても民主党政権の日本なら、不幸せな暮らし向きしかないだろうから、このままタイに残ってしまう方が良いかもしれないと思った貧乏社長なのでした。(この巻き、終り)

※おまけ(演説原稿:英文・邦文翻訳→意訳が物凄いよ!)
Statement by Prime Minister Yukio Hatoyama at the United Nations Summit on Climate Change

New York, 22 September 2009

Mr. Secretary-General,
Excellencies,
Distinguished Delegates,
Ladies and Gentlemen,

It is my great pleasure to address this timely meeting of the United Nations Summit on Climate Change. I was appointed as Prime Minister of Japan six days ago, in a historic change of government achieved through the will of the people at the recent elections.

Climate change affects the entire globe and requires long-term and international efforts. Thus, it is imperative for all countries to address the issue under the principle of "common but differentiated responsibilities". With the change of government, as Prime Minister of Japan, I will now seek to unite our efforts to address current and future global climate change, with due consideration of the warnings of science.

[Reduction targets]
Allow me to touch upon the issue of reduction targets for greenhouse gas emissions.

Based on the discussion in the Intergovernmental Panel on Climate Change (IPCC), I believe that the developed countries need to take the lead in emissions reduction efforts. It is my view that Japan should positively commit itself to setting a long-term reduction target. For its mid-term goal, Japan will aim to reduce its emissions by 25% by 2020, if compared to the 1990 level, consistent with what the science calls for in order to halt global warming.

This is a public pledge that we made in our election manifesto. I am resolved to exercise the political will required to deliver on this promise by mobilizing all available policy tools. These will include the introduction of a domestic emission trading mechanism and a feed-in tariff for renewable energy, as well as the consideration of a global warming tax.

However, Japan's efforts alone cannot halt climate change, even if it sets an ambitious reduction target. It is imperative to establish a fair and effective international framework in which all major economies participate. The commitment of Japan to the world is premised on agreement on ambitious targets by all the major economies.

On the establishment of the domestic emission trading market, we will promote exchange of information on systems of other countries, and hold discussions on the issue, bearing in mind the impact on international competitiveness as well as possible future linkages among countries.

[Support for developing countries]
Climate change requires a global response. In the process of furthering sustainable development and poverty reduction, developing countries must aim to reduce greenhouse gas emissions under the principle of "common but differentiated responsibilities". This is especially important for developing countries with large emissions.

Solving the problem of climate change will entail a vast amount of financial resources, in particular to support adaptation efforts by vulnerable developing countries and small island countries. Such financing should be strategically expanded. Japan is prepared to provide more financial and technical assistance than in the past, in accordance with the progress of the international negotiations.

Public financial assistance and technology transfer to developing countries are critically important.

However, they alone will not meet the financial needs of developing countries. I therefore intend to work with world leaders on creating a mechanism that not only ensures the effective use of public funds but also facilitates the flow of private investments.

Japan deems the following four principles essential in assisting developing countries:

First, the developed countries, including Japan, must contribute through substantial, new and additional public and private financing.

Second, we must develop rules that will facilitate international recognition of developing countries' emissions reductions, in particular those achieved through financial assistance, in a measurable, reportable and verifiable manner.

Third, on assistance to developing countries, consideration should be given to innovative mechanisms to be implemented in a predictable manner. And an international system should be established under the auspices of the UN climate change regime. This system should facilitate one-stop provision of information on and matching of available bilateral and multilateral financing, while securing transparency and effective utilization of assistance.

Fourth, Japan proposes to establish a framework to promote the transfer of low-carbon technologies which ensures the protection of intellectual property rights.

I would like to propose to the international community a "Hatoyama Initiative", based on what I have just outlined. The Kyoto Protocol was a historic milestone, as the first international framework that obligated nations to reduce greenhouse gases. Effective efforts, however, cannot be realized unless a new framework is created. To that end, towards establishing a fair and effective new single undertaking, I will exert every effort for the success of Copenhagen, in the course of formulating this initiative.

[Conclusion]
Active measures to address climate change such as the Green New Deal initiated by President Obama will open new frontiers and create new opportunities for employment in the world economy, particularly in such fields as clean energy technologies, including electric vehicles, and solar power generation.

Japan has relatively strong potential for technological development as well as considerable financial capacity. Thus I recognize that Japan is expected to take the lead in the international community in setting its own reduction target, and to achieve such target through the development of innovative technologies. I have full confidence in the abilities of the Japanese people and our companies. Political leaders at this time also have a responsibility to future generations to create a sustainable society by transforming the social structure that we have known since the Industrial Revolution.

In conclusion, I wish to make a strong appeal to you to work together, so that we will be able to make significant achievements in Copenhagen in December and that the people of the world will be able to say that their leaders made crucial decisions for the sake of future generations.

Thank you very much.
(END)

国連気候変動首脳会合における鳩山総理大臣演説

平成21年9月22日

潘基文(パン・ギムン)国連事務総長、
各国代表の皆様、
御列席の皆様、

 本日の時宜を得た国連気候変動首脳級会合でスピーチをする機会をいただき、誠に嬉しく思います。私は、先月末の衆議院選挙において初めて民意による政権交代を果たし、つい6日前に、内閣総理大臣に就任をいたしました鳩山由紀夫です。

 気候変動の問題は、その影響が世界全体にわたり、長期間の国際的な取り組みを必要とするものです。すべての国々が、「共通だが差異ある責任」のもと対処していくことが肝要です。政権交代を受け、日本の総理として、本日御列席の各国のリーダーの皆様とともに、科学の警告を真剣に受け止め、世界の、そして未来の気候変動に結束して対処していきたいと存じます。

<削減目標>

 まず、温室効果ガスの削減目標について申し上げます。

 IPCCにおける議論を踏まえ、先進国は、率先して排出削減に努める必要があると考えています。わが国も長期の削減目標を定めることに積極的にコミットしていくべきであると考えています。また、中期目標についても、温暖化を止めるために科学が要請する水準に基づくものとして、1990年比で言えば 2020年までに25%削減をめざします。

 これは、我々が選挙時のマニフェストに掲げた政権公約であり、政治の意思として、国内排出量取引制度や、再生可能エネルギーの固定価格買取制度の導入、地球温暖化対策税の検討をはじめとして、あらゆる政策を総動員して実現をめざしていく決意です。

 しかしながら、もちろん、我が国のみが高い削減目標を掲げても、気候変動を止めることはできません。世界のすべての主要国による、公平かつ実効性のある国際枠組みの構築が不可欠です。すべての主要国の参加による意欲的な目標の合意が、我が国の国際社会への約束の「前提」となります。

 なお、先ほど触れた国内排出量取引市場については、各国で検討されている制度についての情報交換を進め、特に、国際競争力への影響や各国間のリンケージを念頭に置きながら、議論を行ってまいりたいと考えています。

<途上国支援>

 次に、気候変動の問題は地球規模の対応が必須であることから、途上国も、持続可能な発展と貧困の撲滅を目指す過程で、「共通だが差異のある責任」の下、温室効果ガスの削減に努める必要があります。とりわけ温室効果ガスを多く排出している主要な途上諸国においては、その必要が大きいと思います。

 また、気候変動問題の解決のために、とりわけ脆弱な途上国や島嶼国の適応対策のために、大変大きな額の資金が必要とされており、それを戦略的に増やしていかなければなりません。わが国は、国際交渉の進展状況を注視しながら、これまでと同等以上の資金的、技術的な支援を行う用意があります。

 公的資金による途上国への資金や技術の移転は重要不可欠です。

 ただし、それだけでは途上国の資金需要を満たすことはできません。効果的に公的資金が使われる仕組みづくりと同時に、公的資金が民間投資の呼び水となる仕組みづくりについての検討を各国首脳と進めていきたいと考えています。

 途上国への支援について、以下のような原則が必要であると考えています。

 第一に、わが国を含む先進国が、相当の新規で追加的な官民の資金で貢献することが必要です。

 第二に、途上国の排出削減について、とりわけ支援資金により実現される分について、測定可能、報告可能、検証可能な形での、国際的な認識を得るためのルールづくりが求められます。

 第三に、途上国への資金支援については、予測可能な形の、革新的なメカニズムの検討が必要です。そして、資金の使途の透明性および実効性を確保しつつ、国連の気候変動に関する枠組みの監督下で、世界中にあるバイやマルチの資金についてのワンストップの情報提供やマッチングを促進する国際システムを設けるべきです。

 第四に、低炭素な技術の移転を促進するための方途について、知的所有権の保護と両立する枠組みを創ることを提唱します。

 私は、以上を「鳩山イニシアティブ」として国際社会に問うていきたいと考えております。京都議定書は、温室効果ガスの削減義務を課した最初の国際的な枠組みとして歴史的なマイルストーンでした。しかしこれに続く新たな枠組みが構築されなければ、効果的な取り組みとなりません。そのための公平かつ実効性のある新たな一つの約束作成に向け、今後このイニシアティブを具体化する中で、コペンハーゲンの成功のために尽力したいと考えています。

<結び>

 本日御出席のオバマ大統領が提唱されているグリーン・ニュー・ディール構想にも現れているように、気候変動問題への積極的な取り組みは、電気自動車、太陽光発電を含むクリーン・エネルギー技術など、世界経済の新たなフロンティアと新規の雇用を提供します。

 世界の中で相対的に高い技術開発のポテンシャルと資金力をもっているわが国が、自ら率先して削減目標を掲げ、革新的技術を生み出しつつ、その削減を実現していくことこそが、国際社会のなかで求められている役割だと認識しています。わが国の国民、企業の能力の高さを私は信頼しています。国民も企業も、そして、私たち政治においても、産業革命以来続いてきた社会構造を転換し、持続可能な社会をつくるということこそが、次の世代に対する責務であると考えています。

 最後に、12月にコペンハーゲンで、まだ見ぬ未来の子供たちのために我々世界の政治指導者が大きな決断をしたと言われるような成果が上がるよう、共に協力することを皆様に強くお願いしたいと思います。
 
 ご静聴ありがとうございました。

2009年9月20日日曜日

オバミュニズム、ハトミュニズム、どちらがお好きの巻き


オバマ大統領は、とうとう、共産主義者・全体主義者のレッテルまで貼られてしまったようだ。

もともと、民主党出身の大統領なのだ。国内の貧困層や弱者,零細な自営業者を手助けする考えが根強い政党なのである。環境問題も人権・福祉政策も、共和党より力を注ぐ。となれば、国家が国民に救いの手を差し伸べる大きな政府を、目指さずにはいられないだろう。政府の歳入を伸ばすために、所得税の増税などを実施するのは、避けて通れない道筋だ。

つまり、そう言う政策を志向するなら、政府が社会をある程度コントロールすると言うことだ。

アメリカ国民は、自由と独立の精神を尊重するから、民主党の理念が行き過ぎれば相反することになる。逆に、共和党は政府の管轄する事業はできるだけ民営化して規制を緩和し、均衡財政を目標に小さな政府を推進しようとする理念を持つ。
今までは、この二大政党が政権をかわりばんこに運営してきた。ただ、どちらもアメリカの資本主義における民主主義社会を具現する枠内に変わりは無かったはずである。そこで思うのだが、今回のオバマ大統領自体を批判する動きは、根本的に違うものがある。つまり、一部の人達は、アメリカ建国の理念を脅かす危険な存在として見なすようになったのである。

何が、反発をもたらしたのだろう。

それは、大統領が、大きすぎる政府を目指して国民のコントロールを狙っていると、国民が考え出したからだ。一つの政策だが、国民保険制度を導入する医療保険改革がある。これには、今後十年で約九十兆円もの巨額な政府予算が必要になる。これまでは、医療保険事業を民間の保険業界が担ってきたから、調整も必要だろう。

このような一連の大きな政府の政策導入では、国民の負担が増大するのが常だ。それを国民が恐れ出したのだと思う。だから、アメリカ国民は、大統領の全体主義的な危険なにおいを嗅ぎ付けてホワイトハウスの前で、数万人規模の抗議集会を実施したのだ。日本のマスコミがほとんどスルーして報道しなかったのも不思議に感じる。


この集会では、オバマはコミュニズム(Communism、共産主義)信奉者なので、オバミュニズム(Obamunism)だと皮肉ったプラカードを掲げていた人の報道写真が紹介されていた。オバマ大統領が、ベレー帽を被って、キューバの革命的英雄、チェゲバラの扮装をしているのだ。しかも、コピーが上手い、”金持ちを搾取せよ”とある。

実に、アメリカ人のパロディーは、想像力があると感じる。他にも、このようなカリカチュアや風刺があるかもしれないと思って、この言葉でググって見たら、ぞろぞろ出てきた。著作権で保護されているのか無いのか分からんが、画像をダウンロードしてみたから紹介したいと思う。


最後に、貧乏社長は思う。

鳩山政権を野放しにしてはいけない。彼らも、容易にハトミュニズム(Hatomunism)に陥る可能性がある。あれだけのバラマキ政権公約を、どうして増税無しに実現できると言うのであろう。すでに、環境税の導入をほざきだした閣僚がいるのを見ても分かるだろう。危険な芽は、国民の手で摘み取らねばならない。そう感じながら、批判をパロディーで面白おかしく国民に広めるのも、一つのプロパガンダなのだと思った貧乏社長なのでした。


(この巻き、終り)

2009年9月19日土曜日

こくぞう君は五七五に登場するの巻き

タイに在住している日本人は、結構、ブログ書きを日課としている人が多い。

そう言う人々だから、現地の生活に密着しながら、その観察をこまめに書いている場合がある。なりほど、リアルに表現されていると感心するのだ。この間、保管していたお米から虫が湧いてきたと言う話を、とあるブログで読んだ。

虫の名前は、穀象虫(こくぞうむし)だと書いていた。

英語で調べてみると、a rice weevil となっている。ライスとあるから、お米を専ら餌にしている虫さんには違いないだろう。自分も人生の中で、二度ほどしか見たことが無い。大きさは二三ミリに過ぎず、姿かたちは、象の鼻のように角を突き出した感じの甲虫だったと覚えている。気になったので、この言葉でグーグルの画像検索をしてみたら面白かった。

たくさんのミニチュア象さんが、これでもかと言うくらい、ぞろぞろ、出てくる。


しかも、米びつから湧き出したままに撮影された写真もあって、見ていてちょっと気持ちが悪くなった。一匹や二匹だけの写真なら、未だ愛嬌もあるのだが、群れていると興ざめする。日本もお米が主食だから、この虫を見かけるさまざまなチャンスがあるのだろう。

同じようにタイも、主食が当然お米が主食になるわけだ。しかも、世界有数の稲作の国だし、生産量が世界第六位(もみ量ベース)で、何と年間で二千七百万トンにも達する。ちなみに、日本は一千七十万トンで、意外にトップテンに入ったりしていて驚いた。

この”こくぞう”君、人様の主食を食い荒らす理由で、昔から害虫認定されて来た。

ただ、姿には愛嬌があって微笑ましいのである。憎たらしくお米から湧いてくるのは、可愛さ余って憎さ百倍の変化なのかもしれない。日本だと、米の保管、貯蔵の施設や技術が戦後急速に進歩したから、見かけるのもまれにはなった。でも、時として湧いてくるのである。

タイのこくぞう君は、日本と同じ種類なんだろうか?
そんな関心も持ってしまった。

一方、穀象には自分の興味深い思い出もある。どう言うわけなのか、この穀象が俳句の季語だと記憶しているからである。多分、高校時代に習った現代国語の俳句から刷り込まれたのだろう。ネットで調べた限り、人口に膾炙しているもあるのが分かった。

 穀象のゐる米すこし踏み通る 山口誓子
 穀象の一匹だにもふりむかず  西東三鬼
 穀象の群を天より見るごとく   西東三鬼
 徒食の手もて穀象を掻き廻す  福田蓼汀

しかも、五月の季語なのだ。春の盛り、虫たちも活発になる頃、腹をすかしては戦にならず、おすそ分け気分でひょこっと米びつに現れたこくぞう君達の姿が浮かぶ。そんな、身近な虫だったのだろう。

そんなことで、タイも日本も米の食文化が同じだから、俳句にまでたどり着けて、びっくりする貧乏社長なのでありました。
(この巻き、終り)

2009年9月17日木曜日

九十二歳のおばあちゃんもリミックス復活だったの巻き

何気なく読んだバンコクポストの一面が、あっと驚きだった。

紙面右端をひょろ長く一行で占めた記事には、まさに証明写真大の大きさで、品の良いおばあちゃん顔が紹介されていた。素敵なお帽子を被って、さまになっているのが上品といえば上品である。


この女性の名前がすごい。ローマ字風に読んでみると、ダメ・ベラ・リン(Dame Vera Lynn)となった。ただ、辞書を引いてみると、ダメではなくてディムと発音するし、爵位に相当する称号身分のある婦人を呼ぶときの敬称と分かった。

一体、九十二歳の女性が何をしたと言うのだろう。見出しを読んでみると、”本当のファンにもう一度出会うリンさん、ポップスの頂点に立つ”とあるから、歌手なのかもしれない。こんな高齢の歌手が活動をしているとは思えないのだが、本文の書き出しでは、イギリスでビートルズを抜いて一位を獲得したとある。

そう言えば、ついこの間、NHKのニュースで、ザ・ビートルズのアルバム計14タイトル(16枚)が、初めてデジタル・リマスター化されて、九月九日に世界で同時発売されたと言うトピックが紹介されていた。以前のCD化されていた音に比べて、音質がかなり改善したらしい。音源のノイズを除去したり、原音を忠実に修復しようとした努力は、ファンの誰しもが期待していたことなのだろう。

それで、お膝元のイギリスでは、音楽チャートの一位まで瞬く間に駆け上ってしまったのだが、そのビートルズをベラお婆ちゃんが、トップを奪い去ったのである。ベストアルバム「We'll Meet Again -- The Very Best of Vera Lynn」は、三週間前に二十位になってから、チャートを上昇して二位に上り詰め、最後はこのトップである。

しかも、一位の中では過去最高齢のアーティストなんだそうだ。今までは、六十七歳のボブ・ディランが最高だったから、二十五歳も上回ったのはスーパーお婆ちゃんとしか言いようがない。

一体どんな歌を歌っているのだろう。

ユーチューブで探してみると、たくさんの歌が見つかった。多くは、第二次世界大戦中かそれ以前に歌われたものがほとんどだ。特に、”We'll Meet Again”や ”The White Cliffs Of Dover”などは、戦時中にイギリス国民から愛唱歌として歌われていた。もちろん、現在発売中のアルバムタイトルにも、この歌が使われている。

Vera Lynn - The White Cliffs Of Dover
There'll Always Be An England
We'll Meet Again - Vera Lynn
Vera Lynn - When The Lights Go On Again.
Vera Lynn: When I Grow too Old to Dream
"Something to Remember You By" (Vera Lynn, 1941)
"You'll Never Know" (Vera Lynn, 1943)
A Nightingale Sang In Berkeley Square - Vera Lynn
Vera Lynn: What A Wonderful World
Vera Lynn - You'd Be So Nice To Come Home To
Vera Lynn - Always in my heart

これだけ、ユーチューブにアップされていると言うことは、国民的歌手に違いない。日本なら、美空ひばりとか三波春夫に当たるだろう。ただ、イギリスの歌手・グループといえば、やはりビートルズしか思い当たらなかったので、このおばあちゃんの復活は、非常に新鮮に感じたのである。

ただ、すでに歌手を引退したのも同然の中で、ベラお婆ちゃんは、これ以上レコードを出す気も無いし、これだけのヒットは、ちょっとしたノスタルジアにすぎないと素っ気無く語っている。そんな、おばあちゃんの歌を聴いて、よい歌は時代を超えて生き続けるものだと感じた、貧乏社長なのでありました。
(この巻き、終り)

2009年9月14日月曜日

バンコクポストで見る今日のタイ(その3)

前回に続けて、八月分を紹介してみる。毎月、毎月、面白い写真が載るのでバンコクポストは興味が尽きない。

★タクシン氏の恩赦を求めて政府に要求(八月十九日)


赤シャツのサポーター達は、有罪となったタクシン・シナワット元首相に対する特赦の嘆願を正当化するために、王宮前広場から王宮の国王秘書局主のオフィスまで三百五十万人の請願を納めた五百の箱を運んでいます。

解説:
タクシン元首相は、都市と農村間の経済格差を少なくする目的で実施した経済政策の影響もあって、農村部での支持は絶大である。特に、タイ東北部のイーサン地方の農民達の支持は、強力だ。このようなアカシャツ団は、遠路はるばる数百キロの彼方からバスで駆けつけてくるのである。日当は五百バーツで誰かが払うらしいのだが、結局は資金力がものを言う。同氏は、莫大な資産を密かに保有しているらしいから、そんなことはお茶の子さいさいなのだろう。
ただ、国外に逃亡した指名手配者には違いない。新たな罪も加わったから、裁判を始めてみないと、刑期はどれぐらいになるか分からないのだ。服役もしていないのに、端から恩赦を求めるのは、土台が無理な話である。尋常な話には思えない。

<原文>
Red shirt supporters carry 500 boxes containing 3.5 million signatures from Sanam Luang to the Office of His Majestys Principal Private Secretary at the Grand Palace to justify the petition seeking a royal pardon for convicted former prime minister Thaksin Shinawatra. SAROT MEKSOPHAWANNAKUL


★水上のちょっとした素敵なアイデア(八月十九日)


シリンドン王女は、ドゥロス号の船上で、陳列されてるさまざまな本を見学しています。この船は、世界最大の洋上の図書館で、日曜までバンコク港に係留され、タイの訪問は五度目になります。

解説:
これは、記者ソムチャイ氏の勘違い記事で、ドゥロス号は図書館ではなく、正確に言うと五十万冊の洋書を載せた「船上書店」なのである。オフィシャルサイトを見る限りブックストアとなっているので、図書館では無いようだ。ただし、ウイキペディアでは、”the biggest floating library in the world”と紹介されており、これを引用したのだろう。この電子辞典それ自体は自由投稿だから、誰も責任を取らないし信頼性は薄い。ペンで身を立てる職業家なら、もう少し慎重さがあって欲しいと感じた。
因みに、この船は1914年に建造され、現在でも活躍する世界で最も古い現役船としてギネスブックで認定されている。日本へも2007年に訪問しており、福岡、金沢、新潟に寄航しているようだ。


<原文>
Floating some wonderful ideas
Her Royal Highness Princess Maha Chakri Sirindhorn looks at a variety of books on display on MV Doulos, the world's largest floating library, moored at Bangkok Port until Sunday. lt is the fifth time the ship has visited Thailand. SOMCAHI POOMLARD



★踊る外交特使(八月二十日)


日本の伝統的な大衆演劇一座から女形を演ずる男優たち。演じ手は、数百万バーツの凝った着物をまとい、サイアムパラゴン・花吹雪を宣伝している。今回は、日本との外交120周年を記念して、伝説とも言える日本舞踊が出し物。

解説:
タイでは、レディーボーイ(オカマ)が一大産業として成り立っている。オカマちゃんの美人コンテスト、ミス・ティファニーも毎年盛大に行われているくらいだから、日本の女形は受け入れられて当然といえば当然だろう。それで、 日本との外交120周年を記念するイベント絡みとなると、個人的にはしっくりこないのである。

<原文>
Dancing diplomacy
Male actors in female roles from the Hanafubuki Japan troupe perform taishu engeki, a traditional form of Japanese theatre, yesterday. The performers, whose elaborate kimonos are worth millions of baht, are promoting Siam Paragon Hanafubuki: The Legendary Dance of Japan in celebration of the 120th anniversary Japanese diplomatic relations. Performances run from tomorrow until Sunday.  PATTANAPONG HIRUNARD



★空に舞う王女(八月二十四日)


スカイトレインのサイアム駅で下車するシリンドン王女。王女は、トンブリ地区ウォンウィエンヤイ駅までの路線延長の開始を執り行われた後、乗車されました。

解説:
スカイトレインは、バンコク中心部を走る高架鉄道で、普通はBTSと呼んでいる。今回は、シーロム線の第1期延長部分として、タクシン橋でチャオプウラヤ川を渡るようになった。現地で採用された日本人の中には、先を見越してこのトンブリ地区にアパートを借り始めた人が出ていると、とあるブログでも紹介されていた。

<原文>
Princess in the sky
Har Royal Highness Princess Maha Chakri Sirindhorn alights the skytrain at Siam station. The Princess took the train after presiding over the opening of tha extended route Wong Wian Yai in Thon Buri. THITI WANNAMONTHA


★鼻から木へ(八月三十一日)


五歳のカムライソンは、自分の鼻でデュシット動物園の壁へ木を描いています。動物園は、東亜ペイント・タイとデュポン・タイと協力して、野生の動物が動物園の壁に描き出すコンテストを、11月20に実施することにしています。Mathayom Suksa 10から大学レベルまでの学生は、参加することができます。

解説:
このMathayom Suksa 10と言う言葉は、辞書で調べても無いのでググって見た。結果は、教育の履修レベルを指していそうな感じがするものの、はっきりはしなかった。しかし、象を敬うはずのタイ人が、チェンマイで生まれたパンだの赤ちゃんにあやかろうと、白黒に塗り分けたり、今回はサイケデリックにお化粧したりと、虐待気味に扱おうとしているのが気にくわない。おっとりしたタイの世の中でも、かくも世知辛くなっていると言うことなのだろう。

<原文>
Trunk to trunk
Five—year-old Kamraithong uses her trunk to paint a tree on a wall of the Dusit Zoo. The Zoo in cooperation with TOA Paint (Thailand) and Dupont (Thailand), is organizing a wildlife painting contest on the zoo‘s walls on Nov 20. Students from Mathayom Suksa 10 to university level can take part. APICHART JINAKUL


★ホームレスの追い立て(八月三十一日)


バンコク郡政府は、王宮前広場で睡眠を取るホームレスの人たちへ新しい取締りを開始してます。その場で見つかって、帰る家があるならば、費用をもらって帰されますが、行き場のない人たちは、あてがわれたどこかの場所で眠ることになるでしょう。

解説:
最近は、景気も後退しているから、職にあぶれて郷里へ仕送りもできなくなって、帰ることもままならない人たちも多い。寝場所を探して夜を歩き回った結果、安全で警備のしっかりした王宮前の広場にたどり着いたということなのだろう。タイの国民は、王室に対する尊敬と忠誠がきわめて高い。間違っても、宮殿の前で追い剥ぎとか置き引きで一儲け働くなんて大胆不遜な田分けは居ないはずである。しかしながら、代わりの寝場所は何処になるのだろう。その方が心配になってしまった。

<原文>
Eviction of homeless
The Bangkok Metropolitan Administration is launching a new crackdown on homeless people who sleep at Sanam Luang. People found at the grounds who have homes will be returned free of charge. Those without a home will have somewhere found for them to sleep. PAWAT LAOPAISARNTAKSIN



★洪水警戒(八月三十一日)


激しい降水で、チャオ・プラヤー川の水かさが高まっています。現在、バンコクのバンプラッド地区のワットパキネーンナ寺院の近隣地区を守る堤防とほとんど洪水壁と同じ高さのようです。その地区は、2006年の氾濫による激しい被害を受けています。

解説:
バンコクを含め、チャウプオラヤー川の下流一帯で起きる洪水は、日本のものとは様相がかなり違う。タイは、どちらかと言うと広大な平原の国なので、長い距離を掛けないと標高差も発生しない。だから、チャオプラヤーも緩やかに流れ下ってくる感じなのだ。上流で大雨が降ると、一日一日を五センチ十センチの単位で水かさが増えてきて、堤防をあふれ決壊するような洪水なのである。だから、災害への備え・危機感は希薄で、地元の人たちは、時が来れば水かさも減って引くから、今は我慢しておこうぐらいの気持が見て取れる。何と自然のやさしさに恵まれた国なのだろうと、驚き入る。

それで、Yahoo!翻訳で試しに英訳してみたが、ほとんど役に立たなかった。このキャプションは、文法的に大きいな誤りも無いと思うし、意外に平明に書かれている。しかも、二三語で構成された地名を固有名詞なのか判断できずに、どう訳するかで翻訳エンジンが躊躇した挙句、降参してしまった感じもした。翻訳無料サイトの限界とはこういう物である。

<Yahoo!翻訳で翻訳した結果>
重い雨量バンコクのBang Phlad地区のワットPhakineenart寺院の近くでコミュニティを保護することがほとんど現在洪水壁と同じ高さであるように、趙ピア川の水位を増やします。コミュニティは、2006年の氾濫による難しいヒットでした。

<原文>
Flood alert
Heavy rainfall has increased the water level in the Chao Phraya River so that it is now nearly the same height as a flood wall protecting a community near Wat Phakineenart temple in Bang Phlad district in Bangkok. The community was hard hit by flooding in 2006. THlTl WANNAMONTHA

(この巻き、終り)

2009年9月13日日曜日

バンコクポストで見る今日のタイ(その2)

前の記事でも、貧乏社長は、毎日欠かさずに英字紙のバンコクポストに目を通すのが日課だと紹介した。
今回も、まずは7月分として話題性のある印象的な写真を、携帯の付属カメラでパチッと写真に収めてきたから、ここで披露させていただきたい。
その内、写真ネタばかりが増えて記事が追い付かな羽目になりそうなので整理しておく必要もあるのだ。そして、改めて見直せば、この地はかくも日本と違うのだと実感するのである。


★プーケットのアセアン閣僚級会議(七月二十日)


リリーは、三歳になるメス象で、プーケットのバンタオビーチで行われたアセアン閣僚級会議で警備中の警官にじゃれ付いています。会期中は厳しい警備にあり、金曜日までは国内治安法の下に置かれます。

解説:
このバンコクポストでは、象さんネタを頻繁に取り上げている。象さん自体は、心を和ませるものを持っているから、会議は何事もなく安全に進行していることの象徴なのだろう。政府は、タクシン元首相支持派のUDDによる妨害行動を阻止できたようで、ホッとしている筈だ。

<原文>
Lilly, a three year old elephant, plays a police officer guarding the ASEAN ministerial meeting on Bang Thao beach in Phuket. The venue is under strict guard and Phuket remains under the internal security Act until Friday.  CHANAT KATANYU


★タクシンの示すビッグ・サプライズ(七月二十七日)


左写真:失脚したタクシン元首相の不運を取り払おうと、式を執り行う僧侶達。上写真:一人の僧侶を手助けしながら、タクシン氏の不幸を取り除こうと、等身大の切り抜きにいばらの枝を紐で結わえているソムチャイ前首相。

解説:
三年前、軍部のクーデターによって失脚したタクシン元首相だが、功罪相半ばするような人物だったと思う。 健康保険制度の整備や三十バーツ医療、一村一製品運動、公的資金を大量に投入する経済政策タクシノミックス(Thaksinomics)は大きな成功を納めたものの、南部のイスラム教徒には強権を持って弾圧したのが反感を買ったし、不正献金・所得隠し疑惑など、負の遺産も大きかった。過ぎたるは及ばざるが如しの例えのように、タイ人も行き過ぎより、ほどほどを選んだということだろう。

<原文>
Thaksin sings in "big surprise"
Left: Monks perform ceremonies to lift ill-fortune from ousted prime minister Thaksin Shinawatra. Above: Fomrer prime minister Somchai Wongsawat helps a monk to cut a string binding a life-size cutout of Thaksin to a stick bearing thorns, to release Thaksin from bad tuck.  JETJARAS NA RANONG



★皇太子にお誂えの祝賀式典(七月二十八日)


皇太子ワチラロンコン殿下は、ラッサミッチョ王子とスィラスミ王妃(写真に写らず)を伴われてスコタイ宮殿近くのデュシット地区にあるディパンカラ・ウィッタヤパット学校の開校式を執り行われました。記念式典は、皇太子の五十七歳の誕生日に当たります。

解説:
タイのロイヤルファミリーについては、結構、いい加減な知識しか持ち合わせていなかった。毎週、ゴールデンタイムには、王室の行事を紹介する番組も放映されていてる。そこでは、皇太子と三人の王女を良く紹介しているから、見続けている内に顔をお見かけしてもどなたなのかが分かるようになった。ネットでも調べてみたが、王家の中には複雑な事情もおありのようだ。
抱きかかえられたラサミッチョ王子なんだが、王妃と記念行事によく出席されていて、テレビ番組でも見かけるようになった。ただ、退屈らしくてじっと我慢するのがいやなのだろう。動き回ろうとするのを、王妃がなだめている場面を目にすることがある。それはそれで、微笑ましいものである。

 参考サイトー1  
 参考サイトー2  

<原文>
Celebration fit for a Crown Prince
His Royal Highness Crown Prince Maha Vajiralongkom, carrying his son HRH Prince Dhipankara Rasmijoti, and his Royal Consort HRH Princess Srirasm (not shown in the picture), preside over the opening of Dhipankara Witthayapat School in Dusit district near Sukhothai Palace yesterday. The ceremony marked the Crown Prtnce's 57th birthday. TAWATCAI KEMGUMNERD


★危険は覚悟して渡れ(七月三十一日)


歩行者は、近くの歩道橋にもかかわらず、クロントーイの大通りを渡って大きな危険を冒しています。明日から、もし百メートル以内に位置する歩道橋または横断歩道を使うことを拒否するならば、信号を無視して道路を横切る人は二百バーツの罰金を科せられるでしょう。この取締りは、交通事故の犠牲者を減らし、交通渋滞を緩和する目的で、交通規則の意識と交通安全の認識を高めるために、交通警察によって実施される対策の一つとなっています。

解説:
こんな交通ルールなんか、おまわりさんが見張っていなければ、地元の人間は、誰も守らないと思うのである。焼け石に水とは良く言ったものだ。

<原文>
Crossing at their own risk Pedestrians take a big risk crossing a road in Klong Toey despite a nearby pedestrian bridge. From tomorrow, jaywalkers will face a 200 baht fine if they refuse to use a pedestrian bridge or a zebra crossing located within 100 metres. The crackdown is one of several arranged by traffic police to raise awareness of road safety and force compliance with traffic rules to reduce fatalities and ease traffic congestion. SOMCAHI POOMLARD


★番外編:G20会議で一兆ドル規模の戦略案を歓迎(四月三日)

※上段左から二人目がアピシット首相

解説のみ:
G20会議と言えば、既に半年近く前の話になる。今年の四月初めに行われ、参加国は、世界経済回復に向けたプランを華々しく打ち出した。今のところ、劇的に回復したようにも思えない。むしろ、世界全体が大恐慌と言う最悪の事態を免れるために、あの手この手の経済政策で回避しようとしている最中なのだ。上手くこのままかわせれば、景気は立ち直るだろうが、そのスピードはかなり緩慢としたものだろう。良く、失われた十年と言うが、それぐらいの期間は今回も掛かると、個人的には思う。
写真は、会議の正式な記念撮影をする直前に、スナップ的に撮られたのだろう。アピシット首相がピッタリ収まった写真を一面に持ってくるところは、さすがタイの英字紙であり、おらが首相と言う感じがして好感が持てる。
これと対照的なのは、日本のマスコミだ。麻生首相を客観的に見ることも無く、貶めることしかしなかった。だから、個人的には売国奴に近いと感じている。

(この巻き、終り)

2009年9月10日木曜日

週末の朝ごはんは、おかゆと揚げパンで舌鼓の巻き


上さんと一緒に、週末の早朝散歩を始めてだいぶ時間が経つ。

近所のベンチャリ公園を散歩した後は、スクンビット通りを横断しながらソイ33の角にたどり着くのが、お決まりのパターンだ。なぜかと言えば、そこには、おかゆと揚げパンを売っている屋台が店を開いているからだ。

地元の人は、朝ごはんの定番としてこの品々を好んで選ぶ。特におかゆは、屋台の側に並んだテーブルに座って食事を取る人々も多い。実際に、二人ともこの光景をよく見かけて来た。それに屋台なものだから、不衛生かもしれないと心配はあった。だから、これまでは、持ち帰えることもなかったのである。

ただ、朝の運動をすれば当然お腹も空いてくる。そんな時、心配より食欲に軍配が上がった。

とある週末、通りの向こうを見ながら、屋台や棒振りの売り子さんが何を売っているのか、興味の方が勝ったのである。朝の早い時分から活気が伝わってくる感じだ。店の軒先に当たる歩道を間借りしながら、どんな商売をしているのだろう。冷やかし気分も無かったわけではない。先ずは、車の流れが途切れた隙を見計らって通りを渡ってみた。

※クリックすると大きくなります。

ソイ33の入り口角は、コンビニのセブン・イレブンがでんと店を構えていて目立つ。隣には、名の知れたメキシカン・パブの”コヨーテ”も並んでいる。日の明るいうちは、店も閉じているから、屋台を開こうが営業妨害にはならないのだ。所場代を払っているかどうかも、分からない。ただ、昔から店を開いていて、既得権もあって営業を続けているような雰囲気が漂うのも頼もしい。


しかも、ここで朝飯を取ったり、職場へ持ち帰るためにテークアウトをする人たちが多い。たぶん、この界隈へ出勤してくる人たちだろうと思うのが、清掃作業のような上下のユニフォーム姿もあれば、はたまたOL風に身なりの決まった女性なんかも立ち寄ってゆく。


何時来ても千客万来で、商売繁盛の活気は見ていて楽しい。

中でも、自分と上さんのお気に入りは、気軽に持ち帰りできる揚げパン屋とおかゆ屋なのである。多分、朝は六時くらいから営業を始めているんだろう。売れ行きもいいから、おかゆ屋さんは、九時を過ぎてしまえば売り切れてしまう。


おかゆを持ち帰るときは、先ず頼み方が違っていて、”スー・クラッバーン(買って帰る)”と宣言しなければならない。お店の人が分かってくれたら、ビニール袋の中へじょうごを使って上手におかゆを注ぎ出す。トッピングとして、鶏肉のつみれとか、白もつを選ぶ必要があるけれど、適当にガラスケースに入った具を指差していれば、トングとか言う挟み具でパッパッと掴んで、袋の中へ放り込んでくれる。最後に、袋の口をゴムで幾重にも巻いて漏れないようにすると一丁出来上がりで、小さなレジ袋に入れてもらえる。これで、一杯分25バーツ(75円)とお安い。

今度は、揚げパン屋さんだ。金額を言うと袋に入れてくれるんだが、一人当たり10バーツ(30円)分が目安になる。タイ語では、このパンをパートンコーとか言うらしい。小麦粉の生地を棒状にして、それを二本ずつ中心をつまみながら油の中に入れ、こんがりと揚げてゆく。出来あがりをを、これもトングーとか言う調理具ですばやくひっくり返して確かめたり、すばやく掴み上げてゆくのを見ていて、職人技を感じてしまった。


そして、この二つを買ったら袋を手にして、ブラブラ家まで歩いて帰ってくる。

途中には、ファラン(外人)御用達のビラスーパーもあるから、上さんが野菜を買うのについでに寄ったりする。ただ、透明なレジ袋をぶら下げて、買った中身がすぐに分かってしまうのはいただけない。お店の人も、変な外人が買い物に来ていると、きっと思っているだろう。そう言う視線を感じながら、このお店の買い物はそそくさと済ませてしまう。

帰ってきたら、シャワーを浴びて朝ごはんだ。運動をした後の、食事は美味しいものである。こうして、週末の朝飯にささやかな幸せを感じる、上さんと貧乏社長なのでありました。
(この巻き、終り)

2009年9月8日火曜日

写真ネタばかり増えて記事が追い付かんわの巻き

この間、パソコンの中にある画像データを溜めて置くばかりだったので、整理してみた。

最近は、デジカメに搭載するメモリーカードなんかも、2ギガとか4ギガは当たり前になっていて、撮影枚数が嵩んでいても知らずに撮り続けていることが多い。メモリー一杯の警告が出て初めて、パソコンのマイ ピクチャのフォルダーへどっとデータをあわてて流し込む場合も多くなった。だから、じっくり見返すことも無いような気がする。

ただ撮っているだけで満足している感もあるのだが、実を言えば、後で見直すと面白い写真に出くわしたり、あの時はこうだったとか、振り返る材料にぶつかるからうれしい。

どちらかと言えば、自分より上さんの方が、オタク的に写真を撮りまくっている感じもする。自分のお抱えカメラマンみたいなノリで撮りまくってくれるのは、ありがたい。そんな写真の中からピックアップして、キャプションを付けてみた。


横浜の根岸森林公園の桜は絶品だった!


実は、横浜に移り住んでから通算すると二十年以上になるのだが、恥ずかしい話、この公園に出かけたことが無かったのである。上さんの友達が行くのを勧めてくれたので、この四月の一時帰国に併せて出かけてみた。その日は、幸運なことに天気も良かったし、開花の時期も帰国の日程に見事に一致してくれたので、お御伽噺のような花の園を楽しむことができた。


北帰行は、ピカチュージェットで松尾ジンギスカンだった


このピカチュージェットは、日本に居る頃からコマーシャルなんかで紹介されていたのを覚えていた。ただ、バンコクからネットで楽天トラベルを使って予約したツアーの搭乗券で、まさかぶつかるとは思いもよらなかった。自分たちと同じように、カメラを持っている搭乗客の皆が皆、写真を撮影していたから、やっぱり機体のイラストは魅力にあふれているんだと感心した。
松尾ジンギスカンは、故郷北海道の墓参りで帰省した時に、必ず立ち寄るお店である。自分が子供の頃、多分小学校三年生の頃だろう、テレビで”まっつ、まっつ、松尾のジンギスカン”とコマーシャルソングが流されていた。当時、我が家では月に一回はジンギスカンパーティーを開いていたと思う。終わった後は、家中にマトン肉のにおいが籠もって、二三日は臭かったのを覚えている。タイにも似たようなムーカタと言う焼肉があるが、あの松尾の美味は、北海道へ出かけなければ味わえないものである。


四十年ぶりの円山動物園で童心に帰る


札幌の動物園は、多分十歳の時に母と一緒に訪れたのが最後だから、今年は四十年ぶりの入園となった。昔の記憶がほとんど残っていないから、新しく訪れたのも同然で、楽しめた。
特に、双子のホッキョクグマは生まれてから半年も過ぎていないのだろう。愛くるしくて、やんちゃに駆けずり回っているのが微笑ましい。ただ、毛づやが薄汚れていて灰色熊みたいに変貌していたから、ちょっと可愛そうな気もした。
アザラシとレッサーパンダは、表情が面白いかったので瞬間を捉えてみた。こう言う、うっとりしているような表情は、捨てがたい。何を考えているのだろうか。動物たちもきっと思いをめぐらしているに違いない。

(この巻き、終り)

2009年9月4日金曜日

なんか垢抜けていないけど、ビエンチャンは良いのだの巻き

前にも書いたのだが、ラオス滞在は一日にも満たなかった。それでも、思い出は色濃く残っている。



6月10日水曜日の午後から翌日の夕方まで、あっという間に駆け抜けた感じのするラオス入国だった。それでも、夜は面白い体験をさせてもらったのである。現地の人が居てくれないと、短時間では勝手の分かろう筈も無い。相手に任せっきりの日程で、夜の会食も終わったら、今度はディスコみたいな生バンドの音がガンガンするホールへ連行されてしまった。

知らないうちに、座席の隣には英語も分からんようなお姉ちゃんがくっ付いて来る。しまいには、一緒に踊ろうとか言って来て踊ったりしたんだが、どっちかと言うとフォークダンスのノリで踊っている感じだった。

たまたま、携帯電話の機能で収録したビデオが残っていたので、アップしてみた。再生してみると、田舎っぽくて垢抜けていない様子もあるんだが、和むんですねー。この雰囲気は、意外に良いものである。

このディスコ、星が有るのか無いのか分らんぐらいの安っぽいメコンホテルに付属していたと思う。そこに自分も投宿したのだが、酒が入って酔っ払っていたので、多分そうだと思う程度の記憶しか残っていない。まあ、一泊30ドルと言うお手軽ホテルに泊まったのは事実なんだが、それなりの宿にはそれなりの設備だったと言うわけだ。

と言うわけで、ラオスの人々の雰囲気はアットホームな感じもして、気に入ってしまった貧乏社長なのでした。(この巻き、終り)

2009年9月3日木曜日

Anywhere, don't lose your consumer sense!

This morning, I had a business matter and directly went out for Soi Lang Suan street near Chit Lom of BTS station. Still having a time about over a half hour to meet my regular customer, while walking the street, I was looking for any place for time consuming. Oh, I hit on the idea of a nice cafeteria "Starbucks" where is located near the customer's office building.

Then, I went into the shop and ordered this week regular coffee. Usually, I do not visit this type commercial spot and prefer staying at my home to spend all day long because my wife can serve a cup of coffee to enjoy my pastime. However, today is a job matter on waiting status. Sometimes, I am forced to wait outside for a while to coordinate appointments and my drinking coffee is a nice taking rest for me.


The medium one cup was 75 bahts. I can calculate to Japanese Yen roughly and it will become more than 200 yen. For many Japanese, this is not high but the daily wage in Bangkok is only 210 bahts. Their daily living can amount to around three cups of coffee.

Therefore, I can seriously feel the obvious difference between the rich and poor. I am always thinking about whether Japanese living in Bangkok really belong to the rich class. Otherwise, we may stick to our custom for waste of money. Actually, if we can earn the same local salary as one gotten in Japan, it is true that we can fully enjoy the price level difference between Japan and Thailand.

For example, we only need 25 bahts (75 yen) for one canned BEER in comparison with 220 yen (73 bahts). Briefly speaking, this situation may make us misunderstand our foreign living essence, as if showing money power.

For me, I do not change my life style in the same manner as my living in Yokohama, Japan and this is my style even though staying anywhere in the world. Thus, I am always trying to take care of how to spend money responding to the relatively suitable price level.

That's end.

Tonight, Gurigurimomonga howls in English!!

Up to now, I had been writing Blog articles in Japanese.

However, now let me write in English as my second language. Honestly speaking, with the result of living in Bangkok, I have been taking hours to think my business in English because I am always discussing with my local staff and writing documents & mails in that language. Our staff can speak English well if their positions are higher than Assistant Managers. This situation is convenient for me to communicate each other easily.

When I had been living in Japan, even though speaking in English over the average for my job characteristics as a trader, I guess I could not speak well in comparison with my present speaking and writing ability. Perhaps, in case of living in motherland Japan, I must had been always keeping my thinking pattern in Japanese.

However, here in Thailand, any local coordinating jobs are requiring my thinking process based on English world. Of course, I am a foreigner living in Thailand and moreover, in Cosmopolitan city, Bangkok. Naturally, foreigners are required to accustomed to Global communication language - English. This is the real situation.

But, as far as I have been seeing many Japanese business men in Bangkok, I believe that they are not good at speaking in English because their business may be mainly circulating in Japanese community and society.

As it is true that many Japanese companies invested huge money for so long, I guess they have been preferring having their business relations only in the circle of Japanese oriented ones. I can also understand that their choices come from the judgment of easy going ways to ensure the stable management, similar quality in Japan, etc.

Therefore, there are many Japs who tend to settle in Ghetto of Sukhumvit "Nihonjin-mura". If living there, there is no need to use English and everything in Japanese can go well.

Here, is it really a foreign country, Thailand?

Yes, Poor president is always thinking about this strange foreign lifestyle in Bangkok.

That's end.