2009年6月16日火曜日

老檛国...(シンプルなタイトルには分けありの巻き)

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国境の長い橋を抜けるとラオの国であった。右側が通行になった。検問所にバスが止まった。
待ちかねたように人々が集まって来て、島村の席の下の荷物室の扉を開けた。暑い喧騒が流れこんだ。娘は窓いっぱいに乗り出して、遠くへ叫ぶように、
「人夫さん、人夫さん。」
荷物を引き出しにゆっくり向かって来た男は、クビに巻いたタオルで汗をぬぐい、麦わら帽子のつばを掴み上げた。
もう渡ったのかと島村は雑踏を眺めると、検問の官舎らしい連なりが行く手を待ち構えているだけで、ムッとする熱気はそこまで行かぬうちに体にまとわり付いた。


どうも、貧乏社長は文豪には成れそうもない。川端康成の「雪国」をパクッて見たんだが、お分かりになっただろうか。

貧乏社長は、この間の6月10日から11日、たったの二日間だけ、急ぎ足の旅でラオスを訪ねた。当社は、これでも多国籍企業なのだ。ラオスのビエンチャンには、メンテナンスの面倒を見る子会社がある。社長になって、これまで一度も視察せずに来たので、是非訪問したいと考えて来た。

お客さんのガソリンスタンドも4百ヵ所以上になったと、その繁盛ぶりを人づてに聞いている。会社を作って以来、黒字へ浮上するのにちょっと遠回りしているから、この目でしかとお国振りを確かめてみたい。そうすれば、その土地での新しい事業の展開も考え付くだろう。

居ても立ってもいられなくなった。

そうだ、半年毎の資機材の棚卸しがまもなく始まる。地方の出先支店でも実施するから、東北地方のコン・ケーン事務所の視察・激励に併せて、ラオスまで足を伸ばすとしよう。

善は急げで、担当者に連れて行ってもらうことにした。
先ずは、タイ東北部の地方主要都市、ウドンタニまで飛行機で飛んでから、ナーンカイの国境検問所まで、陸路で白タクに乗り込みぶっ飛ばす。

検問所は無事に通り抜けた。乗車賃60バーツを払って国境を越えるバスに乗り込むと、程なくして濁った河水のメコン河が見えて来る。


実際に橋を渡った時間は、一二分くらいのもんだったろう。

懐かしい、どこかで見た川面の風景だ。どこかで見ていたはずだ。どこだろう。
貧乏社長は、記憶の片隅に置き忘れた風景を必至で思い出そうとした。あの泥色のゆったりとした流れ、そうだ、あれこそ石狩川の河口付近に瓜二つなのだ。生まれ育った北海道で、おおらかに蛇行を繰り返し、ところに三日月湖を残しながら悠久の時を流れ続けて、日本海に注ぎ込む。ふと記憶の中に、鮮やかな土気色の流れが蘇ってくる。


でも、こちらはメコン河なのだ。

チベット高原に源流を発し、中国雲南省を通り、ミャンマー・タイ・ラオスの黄金の三角地帯から、タイ・ラオス国境線を伝い、カンボジアからベトナムに抜けて行く。大河は、四千キロ以上もの距離を滔々と流れる。しかも、この川幅がありながら、河口までは半分を残しているのがすごい。

対照的に、石狩川は二百数十キロの長さしかない。これでも日本で三本の指に入ると言う。日本の河川はちっぽけで箱庭みたいなもんだと、貧乏社長は笑ってしまう。

でも、どこか懐かしさを覚えずにはいられない。
やっぱり、同じアジアの国だからだろうか。
そんな気分に浸りながら、国境の橋を通り抜ける貧乏社長なのでありました。
(この巻き、終わり)

おまけ:川端康成の原文は次の通りです。良かったら、比較してみてください。
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。
 向側の座席から娘が立って来て、島村の前のガラス窓を落した。雪の冷気が流れこんだ。娘は窓いっぱいに乗り出して、遠くへ叫ぶように、
「駅長さあん、駅長さあん。」
 明りをさげてゆっくり雪を踏んで来た男は、襟巻で鼻の上まで包み、耳に帽子の毛皮を垂れていた。
 もうそんな寒さかと島村は外を眺めると、鉄道の官舎らしいバラックが山裾に寒々と散らばっているだけで、雪の色はそこまで行かぬうちに闇に呑まれていた。

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