2010年4月30日金曜日

人をしのぶやり方も千差万別なんだと思うの巻き

命と言うものは、限りがあるのです。

自分も、はや五十年を生きてしまいました。
もう既に、人生の六割以上を過ごしてしまったのです。
鬼界の門をくぐる方が、時間的に残り少ないのだ。
そんなことに気がついてしまいました。

そうやって考えてしまうと、なぜかはかなくなってしまいます。
こうして生きてきて、何かやり遂げたのだろうか。
ちゃらんぽらんに暮らしただけかもしれない。
ちょっぴり、焦りを感じたりもします。

誰か悲しんでくれる人がいるのだろうか。
上さんを残していくのはつらいなー。
葬式なんか要らないよな。
などと、色々に考えてしまいました。

もっとも、こんな思いにふけるのも、年を取ったのかもしれません。

それで、この三月、マレーシアに出張した時のことです。
ホテルでは、毎朝、地元の英字紙を無料で手にしました。
この英字新聞が、「Star」とか名前なんですが、とにかく分厚い。
百ページくらいの分量はありそうです。


朝食の時に、ペラペラとめくってみます。
地元のマレー語では無くて、英語なので読めなくも無い。
でも、ローカル記事は、事情が飲み込めず、さっぱりです。
現地に義理立てする必要も無いから、さっさと読み飛ばしましょう。


おやっ、なんか個人の情報を取り上げたページが出てきました。
大見出しには、”Cherish”とタイトルが掲げられています。
この単語ですが、”(いい思い出などを)胸[心]にしまっておく”と言う動詞ですね。
しかも、個別の記事には、”OBITUARY”の見出しが必ず出ていました。

つまり、新聞に載せるお悔やみの広告だったのが分かりました。
日本の新聞だったら、黒枠で実に地味なものです。
特に関係の無い限り、あまり注意することは無いでしょう。


でも、この新聞欄だけは、思わず見入ってしまいました。
何だか、この広告を載せた人たちの思いが伝わってきたのです。
亡き人を偲ぶ心情が、手に取るように分かる気がしました。
無くなった方には、まだお若い人がいらっしゃいます。
きっと、家族もおありのことでしょう。

と言うわけで、興味もあって後で調べたのですが、欧米ではこのような広告は普通なのが分かりました。
そして、同じアジアの国のマーレシアでも一般的なのです。
日本ではどうして、このようなお悔やみ広告が広まらないのか、とても不思議に思った道産子社長なのでした。
(この巻き、終り)

2 件のコメント:

Oblige347 さんのコメント...

そんなに落ち込まないで下さい。 病はきから、やっぱり先のことは余り気にせず今の自分に満足することが重要だと思います。 若輩者ながら生意気に聞こえるかもしれませんが、 少なくとももんがー様は立派に外国で日系企業のトップとして活躍なされている御仁なのですから、もっといふうう堂々としていてほしいとおもうのが、我々まだうだつの上がらない若輩者たちの願いで御座います!

ヘー、やはりタイやマレーシアでも英語がだいぶ公用語として普及しているのですね。 スターなんて名前は、英国のタブロイド新聞の名前と全く同じですし。 ところで、小生はなかなか英国で仕事が見つからず大分自暴自棄になっております・・・ (涙)。 できれば、自分の語学力と経済統計学の知識を生かして世界中幅広く就職活動したいと思っております。

東南アジアで就職先を探すにはどのような手段が有るのか、御存知でしょうか?

ぐりぐりももんが さんのコメント...

Oblige347さんへ、

いや、落ち込んではいないのですが、さすがに天命を知る年ともなると、余生の方が、これまでの人生より短くなっている分けでして、色々と考えることがあります。

さて、昨年のことです。
取引先の電子系商社の方が、新入りの女性社員を伴って、工場を訪問してくれました。

何でも、大学を出てバンコクでホテルに勤めた後、ロンドンの大学へ留学して、また舞い戻って、そこへ就職したとの事です。

日本人も、母国で小職しない人が、確実に増えつつあるようです。

さて、バンコクでお仕事をお探しの場合は、グーグルで”バンコク 仕事探し”とか、"Thailand job offer”とかの検索で探してみてください。

何かヒントになると思います。
結構、仕事があります。

私見ですが、貴方の修士論文をブログで紹介していたのを読んでのですが、面白い研究テーマだと思いました。

ああ言う行列式による統計計算ができると、マーケティングの予測に役立つ可能性があると感じましたね。

それで、どこかの大学で教壇に立たれたらどうでしょうか。

そんな風にもいました。