途中のあるロム・サックの市場で食材を買い求めたせいか、予定より遅くなってしまったが、夜七時過ぎに何とか到着したのである。工場長によると、この辺りはコック・モン集落と言うらしく、ナム・ナオの市街より手前にあって、国道12号の幹線道路からは十五分も掛からない。ここは、24時間体制で看護婦が詰めている診療所が近くにあるので、万が一病気になった時でも安心なのだそうだ。タイ人には珍しく、何事もよく考えてから行動する彼のだけのことはある。(写真は、翌日の早朝に撮影。)
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それで、急病で本格的な治療を受けなければならない時は、近くに総合病院があるのかと聞いてみる。あるにはあるが、多少大きな街中に出ないといけないらしく、一二時間は掛かると答えが返ってきた。やはり、片田舎には違いないと感じてしまうが、それでも半日掛かると言うわけでも無い。電気も水道も通っているから、日常に不便することは無いだろう。むしろ、テレビ局も数チャンネルが受信できるし、携帯電話の電波も通話圏内にあるのだ。
こんな田舎でも、必要最低限の文化生活は、保障されているのである。
つまり、タイのような中進国でも、日本の田舎暮らし並みに追いついていたのだ。この目と耳で見聞して実感したのだから、驚きを隠せない。これまでは、何事に便利な都市圏と、郡部には依然として生活や所得に格差があって、未だに不便な生活を強いられていると、自分は勘違いをしていたことになる。
もちろん、かつてのタクシン政権下では、農村部の様々な貧困を 救済する政策や地方の経済を活性化する政策を推進して来たから、この地域もその恩恵に与った感じがする。他方では、ここ近年、代替燃料のバイオエタノール生産が脚光を浴びていて、原料価格の高騰に目を付けた農民が、金になるとうもろこしやらキャッサバの作付けを拡げようとしているようだ。
この旅行中でも、なだらかな丘陵地帯の山林を、根こそぎ焼き払って耕作地に変えてしまう強引なやり方を、始終目にして来た。自然破壊が何とも痛ましく、大地が悲痛な声を上げて、助けを求めているような気がしないでも無い。熱帯の気候は、森林の腐葉土が非常に薄く、激しい雨によって簡単に表土が流出してしまう。いったん耕作地に切り替えた土地は、収穫により地味も痩せ表土も流出して、化学肥料を年々大量に投入するような、悪循環に陥ってしまうような気がするのだ。
と言う分けで、そんなことを思いつつもナム・ナオの旅を楽しんだのですが、夜の十時ごろにやっと従業員のみんなが到着しました。テントを張ってキャンプファイヤーをしながら夜遅くまで飲み明かしていましたが、よく体力が保つなと思ったものです。
貧乏社長も、ちょっとはお付き合いをしたのですが、体力が無いし、車酔いした上さんも辛そうだったので、早めに切り上げて寝床に着かせてもらったのでした。
(この巻き、終り)
おまけ:あと一話で最終です。今しばらく、お付き合い下さい。
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