帰国していると、ついつい日本のテレビ番組に見入ってしまう。
バンコクに住んでいると、犬HKの衛星放送と映画チャンネルのHBOぐらいしか見ない。地元の放送だと言葉が分からなくて、ちんぷんかんぷんだからだ。それでも、ニュースなら現場中継が映し出されるので、ある程度の想像も付いて、流しっぱなしにする時もある。
その代わり、パソコンが分身になってしまった。立ち上げては、ネットから色々なブログを漁ってみたり、自分のブログに原稿を書いてみたりするのである。日本に居る時とは、随分と生活のパターンが切り替わった。要するに、テレビなんか見なくても、人は生きていけると悟ったことになる。
それほど無意味な情報を垂れ流す存在だったのだ。
しかし、かつての習性は悲しい。会社の提供した宿泊施設では、馴染めずに眠りが浅くなって、夜な夜な変な時間帯に目が覚めてしまう。すると、手持ち無沙汰もあってテレビを点けてしまうのである。まあ、日本に変えれば帰ったで、懐かしさもあって見てしまうのだろう。
そして、何気なしに見た番組が秀逸だったのだ。
犬HKの番組にも、自分好みの番組がある。関東・甲信越の地方制作だと思うのだが、”小さな旅”と言う三十分の週一の番組がそうだった。日本に住んでいた時は、時間が合えば良く見ていた。観光地とは程遠い地域を題材に、何気ない素朴な日々の暮らしや風物を、地味に紹介してゆく。渋いが、旅好きの自分には好みの番組だ。一人で旅回る設定のアナウンサーも、個性や温かみが感じられる。
甲斐駒ケ岳と言う山をご存知だろうか。
それは、山梨県にある。中央高速道を竜王ICから小淵沢方面に向かって走らせると、肩を怒らせたような一際高く目立つ山が左手に印象深く見えて来るはずだ。標高は三千メーターにやや欠けるものの、紛れも無い南アルプスの秀峰で、深田久弥の日本百名山にも選ばれた。中高年の登山者なら、体力のある内に一度は上り詰めたい山の一つであろう。
(ほくとイベントカレンダーより)
その山を、如何に仕事とは言え、耳順を迎えようとする男性アナウンサーが登るのである。
しかも、日帰りはできない。標高差二千二百メーターを泊りがけで登ることになる。コースは黒戸尾根と言い、甲府盆地に住まう人々の山岳信仰の対象となって道筋が開削された。威厳のある畏怖の山容を敬い、人々は修行のため、あの日本三大急登に向かうのである。
実は、そこに番組の表現したい人々の日常が隠されている。
このコースは実に厳しい。安易に登りたければ、頂きを挟んだ世俗の喧騒なコースをなぞれば良い。ならば、日帰りも安直だ。しかし、それを選んでしまえば、山の神々しさ、厳かな気配に浸ることはできない。番組が描いたように、黒戸尾根の姿は、信仰と修行の道として人々の生活に親しまれたものなのだ。そして、山のある限り人々の願いを受け止めて行くだろう。
高齢になった人々に代わって、山頂へ願いを込めたわらじを奉納する神社の神職がいる。自ら切り開いた道を直し続ける山小屋の元管理人もいる。この道を駆け上がり、山岳レースの世界大会に挑む若者は、今の自分に夢を託す。この尾根を登る人々には、それぞれの思いが込められているのだ。
そして自分自身も、二度、この黒戸尾根を登りきっている。
食料・水・テント・寝袋・炊事用具一式を、でかいザックに詰め込んで、重たい思いをして担ぎ、反吐が出そうになりながら、一歩一歩上り詰めた。一日目は、七合目でテントを張って幕営し、翌日の未だ暗いうちから歩き出し山頂を極めた。その達成感は、今思い出しても忘れられない。
まるで、番組と同じではないか。
皆があの山容に誘われたように、自分も魅了されたのである。そんなことを思いつつ、だだっ広い平野しか見当たらんバンコクの生活は、ハイキングもろくにできないから、物足りないと感じた貧乏社長なのでありました。(この巻き、終り)
おまけ1:
番組は再放送だったようです。
2009/08/08 04:30~04:55 の放送内容: NHK総合
小さな旅「山の歌 願い待つ 白き貴公子~甲斐駒ケ岳~」
登場するアナウンサーは、プロジェクトXで有名な”国井雅比古アナ”でした。
おまけ2:
<日本三大急登>
総て登りましたが、黒戸尾根は圧巻です。
・烏帽子岳ブナ立尾根
登山口 葛温泉 標高 約1080m → 烏帽子岳頂上 2627m 標高差1547m
・甲斐駒ヶ岳黒戸尾根
登山口 竹宇駒ヶ岳神社 標高 約600m → 頂上2967m 標高差2367m
・谷川岳西黒尾根
登山口 土合駅標高 663m → 谷川岳頂上1963m 標高差1300m
甲斐駒ヶ岳
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
3 件のコメント:
あっという間の帰国、ご苦労様でした。
確かにパソコンが有るとテレビを見なくなりますね。
でも最近液晶TVを入れまして、地デジが見られる様になると いや~~ 綺麗なんですよ 画面が。
と言う訳でちょっとだけ視聴時間が長くなっています。
どらねこさんへ、
コメント返しを書いているうちに、無線ランが飛んでしまって、また書いてます。
日本に返って、テレビ番組の質が劣化したように感じて、未来は無いと本当に思いました。あるとすれば、地デジの美しい映像ですよね。日本百名山の再放送でも見たらきれいかも知れない。でも、実際の登った記憶で、脳内に止まった残像を、僕は愛するのです。かけがいの無い人生ですもの、体験が一番なのですよ。そう、思います。
おっしゃる通り質が落ちていると思います。
バラエティは勿論のことドラマも人気俳優の起用で小手先の誤魔化しが多いようです。
とは言え、全体の視聴者と広告収入も減った今はこんなもんなんでしょうかねぇ。
追伸 地デジで自然風景の映像を見ると大変綺麗でした。
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