2010年1月17日日曜日

Thai people knows what's good welfare economics here.

In Thiland, the government will soon introduce the regulation for controlling Large-scale retail stores that can have more that 120 m2 floor space.

Now, here the unemplyment rate is only 1.1% and this statistical data can mean counting many small street vendors.
Moreover, we should know one day wage is only five to seven dollars per day.

Why they can live with such low living cost?

I think originally items of basic human needs is inexpensive because Thai is well-endowed in the food category and depending on local-production for local-consumption.
In this sistuation, Street vendors add thier very low overhead cost and the commodity prices could have been kept lower.

Therefore, one query appeared here.

It is whether Large stores can absorb the labour force instead of many tiny retail operators and can keep the same price level in comparison with the conventional and simple logistics.

I think it is questonable for the time being because Thai economy is relying on Export sector accouting GDP 60% and weighing Cost competitiveness.
It is better that any cost shall be cheaper and we can understand the government policy.
Plus, the policy of boosting employment will be also involved.

After all, this situation is quite different from Advanced country such as Japan and US.

But, in EU we can still see many vendors through TV sightseeing programs.
Whta’s the differece?

I think Thai may continuously support the local dealers for their economic policy.
And it may be similar to EU style.
In this point, I believe Thai people knows what good welfare economics here.
(This article : End)

Remark:
This arritcle was rewrited based on the comment released in Blog "経済学101".

工場は皆タイへお引越しするのだろうの巻き

昨年末、世話になったジェトロバンコクのコンサルタントさんにご挨拶してきました。

お話によれば、日本の中小企業は、地元で生産を止めてタイに生産拠点を丸ごと引っ越してくるようになったと言っていました。
東京の大田区なんか、行政が手助けするような時代です。
そう言えば、昨年、株主の頼みで神奈川県の中小企業さんの工場訪問を受けて、現地進出の説明をしたこともありました。

日本では、設計開発や品質管理の部門を一部残し、製造はタイへ一切合財、現地進出するパターンが増えているそうです。
しかも、経営者の二世は、利益も少なく休みの取れない下請け的な3K(きつい・きたない・きけん)の事業を敬遠して、代を引き継がない事例が増えたとお聞きしました。

そうなんだ。
自分が13年前、96年にISOの文書を書くためにタイに来た時は、こんなことは想像もしませんでした。
あの頃は、未だ、製造する品物のグレードとか、市場のニーズに応じて作り分けをしていました。
ものづくりの拠点は、日本に厳然として存在していたのです。

ところが、現在はそれすらも無くなりつつあるようです。
本当に、驚いているし、寂しい気もしました。
実際、自分に係わり合いのある協力会社もこのような現実を経験して来ています。
金属ダイキャストと樹脂成型射出で部品をお願いする協力会社は、日本の生産部門をたたんでしまいました。
しかも、そうなってから十年近くかそれ以上の年月が経過していると聞いています。

つまり、日本の製造業の空洞化はピッチが早くなりました。
こうなると、日本の経営者は、直接投資の仕向け先として、改めて熱いラブコールを、タイへ送っているのかもしれません。

そんな話の中で、一頃中国がものすごいブームだった時代を思い返しました。
90年代、自分は中国の営業担当でした。
ご多分に漏れず、勤め先では投資先の工場を立ち上げます。
まだ、現地調達が困難だった時代で、色々な資機材を輸出した思い出があります。
工作機械、冶具、洗浄油、果てはウエス(汚れ拭きの布)やキングジムファイルに至るまでです。
通関で極端に関税を掛けられないように、輸出書類を工夫して作成したものでした。

でも、中国自らもタイへ工場進出するような時代がとうとうやってきました。

最近は、日本でも中国メーカーの家電製品を数多く見かけます。
中でも、ハイアール社は一番有名です。
実は、つい最近、タイ工場の生産能力増強を実施すると公に発表しました。
2012年までに、年産百万台のエアコン生産能力を持てるようにすると言うのです。

同社は、かってのサンヨー工場を買収してタイで生産に着手しました。
地の利を活かして、中東・アフリカ向けの輸出拠点にすると説明しています。

これは、中国でも空洞化が既に始まったのではないでしょうか。
そして、このような生産拠点の引き受け先をタイが担っています。
なかなかに、タイは成長したのだと思いました。

そんな分けで、自分の親会社も極度な空洞化を心配するようになりました。
製品で製造拠点の棲み分けをするのか、日本の工場は国内向けに専念して、価格競争の厳しい輸出製品を海外拠点に任せるのか、目をそらすわけには行かなくなったのです。そんな風に感じ取った貧乏社長なのでした。
(この巻き、終り)

※本記事は、”短足おじさんのあれこれ”ブログでコメントした内容を書き改めたものです。

2010年1月16日土曜日

何で石川しぇんしぇーが捕縛されるのよーの巻き

おらは道産子だべ。

いんやー、みんす党の石川しぇんしぇーがお縄についてビックラこいてしまいますた。
しゃーないべー。
話をぜーんぶ知っとった秘書さんの金澤某が、サツに飛び込んで命乞いをするとは思わんさー。
そっから、だだもれの噂話が耳だれのように流れてしまったんだと。
そんだども、ズミン党が某を呼んで、勉強会のサロンを開くとはなー。
驚いたんべ。

言っとくが、金沢は石川に、一千七百万円を7月参院選の公認料手付けとして払ったのだそうだ。
後任が見送られたのだから、私怨は残るだろう。
この会合で、鈴木宗男が同席したそうだが、今のところ、鈴木から事実無根の発言は無い。
鈴木も小沢に顔をつぶされた格好となったから、今のところだんまりだろう。

実を言えば、中川昭一が急死した時にテレビでコメントを求められた鈴木の顔が忘れられない。
むしろ、呆然として死を惜しんだかのような印象さえ受けたのだ。
鈴木は、中川を惜しいライバルと思ったかもしれない。
面子をつぶした下衆の小沢と子分の石川よりマシだと感慨したのだと、今になって悟った。

小沢の周辺では秘書の大久保逮捕の件もあって、これ以上係わり合いのある人物を政界に送り込めない実情がある。
だから、金澤は無視された。
表面では言わないが、東北人が北海道人を格下だと思って、扱う姿勢の一端かもしれない。
関西人から関東人、東北人、最後の道産子へと新開地の我々は、序列が何事も下位にある。
張り合えても、沖縄の方が上かも知れない。

しかし、鈴木宗男は地域政党「新党大地」の首領だ。
矜持もあるだろう。
プライドが汚されたのだから、報復は必然である。
しかも、金澤は鈴木に落とし前を相談しているはずだ。

結果は、警察への駆け込みと相成った。

つまり、地域を馬鹿にしたことから、陣営にほころびが出始めたのである。
何気ない地域格差の扱いは、大きな代償を伴う。
道産子は気がつくべきだ。
内地の人間が対等に扱ってくれるなどとは、ゆめゆめ思わぬように。

もうひとつ、警察に身柄確保を願い出たのだから、引き換えに情報は提供しなければならない。
今まで、警察は隠し玉として握ってきた。
ここに来て、開放したのは抹殺される危険が減少したからに過ぎない。

民主党は、一部に極左勢力も隠れている政党だ。
人権の尊重など微塵も無い。
権力を握れば、それぐらいの行使は簡単にするだろう。
まちがっても、日本が安全な国だとは思わないほうがいい。

それぐらい、小沢は危険だ。

おらの独り言だと思ってくんろ。
(この巻き、終り)

おまけ:加筆しております。

2010年1月15日金曜日

統計に嘘をつく国家は詐欺師の巻き

※国勢調査百周年の記念切手(バンコクポスト紙より)

タイは、東南アジアの中で唯一独立を守り通しました。
つまり、欧米列強の植民地になったことが無いのです。
ですから、国家を治める制度は、厳然と存在してきました。

そんな制度の中に、統計事業があります。
すでに19世紀の後半から、貿易・海運統計のような経済指標のデータが集計されていました。日本で言いますと、明治の中頃以降からです。

そして、今年はなんと”国勢調査”を始めてから百年周年になるのだそうです。

ずいぶんと古い歴史があるのではないでしょうか。
上の写真では、”National surveys in Thiland” と記述しています。
国勢調査と言う言葉で表わして良いでしょう。

全国津々浦々で、国民がどのように生活しているのか。
客観的に計量して数字に置き換える作業なのです。
当時は、交通も通信の手段も限られて難航したでしょう。
それでも、その価値観と必要性を、こちらでは早くから認識していたのです。

これは、大変な労力を要する仕事だったと思います。
因みに、日本では、大正九年(1920年)に第一回の大規模な調査が行われました。
このことを考えてみても、タイの統計制度の歴史は、日本と肩を並べるほどに古いのです。

これは凄いことではないでしょうか。
客観的に裏づけされたデータを、タイの人たちが扱う姿勢はすばらしい。

自分は、今、時事通信社からタイ時事速報をネットで配信してもらっています。
記事にも、頻繁に各政府省庁の発表する経済統計データが引用されています。
これから、社会・経済・金融にどんなことが起きて、どんな風に自分のビジネスに影響していくのか、これを予測するのは決して容易なことではありません。
そんな時、このような統計の裏づけを参考にできるのなら、自分たちの仕事の見通しや計画を比較的楽に打ち立てられるでしょう。

つまり、統計値は、とても大事な指標なのです。

もし、この指標が故意に恣意的に操作されたなら、どうなるでしょうか。
客観的に信じる根拠が、何も無くなってしまう。

なぜ、こんなことを言い出したのか。

それは、この記事を書くために、興味があってアジアの統計制度を調べていて、発見したからです。
私は、”中国 統計”と打ち出しました。
グーグルは、嘘を付きません。傾向性の高い検索用語の羅列は、自動的に呼び出して列挙してくれます。
いろいろと検索頻度の高い組合せが示された中に、それはありました。


”中国 統計 嘘”です。

検索された数多くの情報では、統計データが水増しだとか、辻褄の合わない指標が散見されると指摘しています。
中には、オンライン書店で”中国経済・隠された危機 「世界経済の救世主」のウソを暴く”と言う書籍もありました。

やはり、中国は人治主義なのでしょう。
科学的な思考・事実を踏まえた客観性など微塵も無いのかもしれません。
ただ、あるのは主観だけで、利己的な数字が世をのさばっているようです。

と言うわけで、百年の歴史の重みを持つ、タイの統計データは値千金だと言えるでしょう。なぜなら、信じられるからです。信用できる国家においてこそ、企業経営者は投資すべきだと思うのです。少なくとも、騙される被害が少ないからなーと思う貧乏社長なのでした。
(この巻き、終り)

<参考>
タイ統計制度発達史序論・国家統計局、人口センサス、国民所得(末廣 昭・東京大学社会科学研究所)

2010年1月13日水曜日

バンコクの名古屋章さんの親戚筋

もう、お亡くなりになってから年月も経ちました。
だから、お忘れの方もおありでしょう。
名古屋章さんという俳優さんをご存知ですか?


名古屋さんといえば、名脇役として有名でした。
くせのある敵役や悪役をこなす一方で、その風貌を活かした人情味ある庶民を演じる役どころは、渋いさがきらりと光ったものです。

自分が若かりし頃、テレビっ子だったせいもあります。
名古屋さんが出演したテレビドラは、たくさん拝見させていただきました。
大映テレビの”ザ・ガードマン”には、二十話以上も出演されています。
”でっかい青春”の教頭役では、真面目そうな感じが教師としてピッタリはまっていたような気もします。

でも、自分は特撮ドラマの名古屋さんが好きでした。
”ウルトラマンタロウ”の朝日奈勇太郎隊長 が懐かしい。

お亡くなりになってから、今年は七回忌になるのですね。
光陰矢のごとしとは良く言ったものです。

でも、昔からここバンコクでは、今は亡きご本人の分家筋をテレビで見かけることができるのです。

そう、この方なんです。


アナウンサーさんなんです。
よく、ゴールデンタイムの王室の行事を紹介する番組でニュースを読み上げていらっしゃいます。
良く似ているなー。
本当に、瓜二つなんですよ。

それで、この方と知り合ったのは13年前のことです。
相手は、そりゃー私のことなんか知りませんよ。
テレビの前に座って、ビールでちびり晩酌しながら、あなたを見ている日本人なんて、不特定多数の一人でしょうからね。

そして、一昨年、久しぶりにタイへ着任して、テレビ番組を見て再会したのです。
本当にお元気で、うれしかった。
ご尊顔を拝見できた時は、余りにうれしくて爆笑してしまいました。

と言うわけで、こんなにそっくりさんなのに誰もブログに書いていないので、思わず紹介してしまいました。本人がご存命であれば、もっと面白いネタになったのであろうになーと、残念に思う貧乏社長なのでした。
(この巻き、終わり)