2012年2月29日水曜日

ミャンマー経済の開国前夜は一年前に知っていたの巻き


この写真は、一年前に撮影されました。
ミャンマーはヤンゴンの中古車青空市場です。
台数で二百台近くはあったでしょうか。

ほとんどが日本車でした。
しかも、かなり年式の古いモデルばかりです。
日本で走っているのを見つけるのは、無論難しいです。


いやー、懐かしいです。
自分も乗っていたことのあるファミリアでした。
たしか、80年代のデザインですので三十年近く前でしょう。

しかし、あの時、どうして現地販社の人が案内してくれたのでしょうか。
へっぽこ社は、自動車社会を下支えするメーカーですが直接的ではありません。
でも、自動車が増えれば関連するインフラも求められるのは事実です。

だから、動かぬ証拠としてこの市場を紹介してくれたのだと思いました。
この販社は、なかなかスマートな演出をしてくれます。
まさに、百聞は一見にしかずと言った感じでした。

※こんなレトロな車も走っていました!

ところで、日本経済新聞がミャンマー経済を記事で取上げたのは、つい最近です。
見出しに熱が入っていまして”ミャンマー経済 「開国前夜」"となっていました。
確かに、鎖国同然の国家運営でしたから、外資は黒船の例えどおりでしょう。

と言うわけで、日本企業もスタートラインにこぞって並び出したのは間違えないようです。日経が記事で取上げたのは、自動車業界に加えて社会インフラ関連の企業でした。先ずは、こう言った産業からスタートでしょうが、ついこの間、味の素が輸出ライセンスを取得した記事を見かけました。もう食品関連が、市場に食い込み出しているんですよ。 経営者の皆さん、出遅れないようにと忠告したい道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

オレは総理大臣以上と言う自負心だけの巻き

質問:なぜプリキュア28人の名前は覚えられるのに、たった17人しかいない平成の総理大臣を覚えられないのですか?


回答:プリキュアは最低一年以上戦ってるからです。


と言うのなら、自分は四年間海外で戦って業績を出してきました。
時間的な尺度でものを見るなら、先ずは総理大臣よりマシだったと言うことでしょうかね。
しかし、プリキュア程度と比較される政治家などは、塵芥のレベルにしか見えませんなー。

自分はタイで仕事をして、自分なりに市場開拓を現地の従業員と共にしてきました。
だから、成果として創立二十数年来の最高売り上げ、最高利益、最高ボーナス、工場用地取得、新社屋竣工とできることは総てしました。

と言うわけで、タイのへっぽこ社は今が旬なのでしょう。表現としては、後ろ髪を惹かれる思いもありますが、でも実際には髪の毛もそうありませんから、自負心だけの帰国になりそうです。また、底辺管理職からの日本再スタートなのかと思いつつ、笑うしかない道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

引用のご紹介:
雑庫/雑録/Tumblrからです。なかなか面白いです。

日経新聞は、ミャンマーに熱い視線を注いでいるの巻き

※拡大して読む場合は、末尾を参照してね。

以前、「ミャンマー経済は開国前夜なのかの巻き」でアップしました。
まさに、同国はタイトルどおりの状況にあるのかもしれません。
今回は、その前触れになった2月10日付けの記事も取上げます。

記事を読んでいただいて分かると思いますが、インフラはこれからです。
現状でも、実用的な工業団地は数えるほどのようです。
ただ、国土面積が日本より倍近くあるのと、人口六千万人は有望です。

輸出基地もさることながら、営業先としての市場が期待できましょう。
これに、隣国のバングラデシュが一億五千万人ですから巨大市場です。
一方、インドシナ半島の諸国で合計すれば、二億五千万人になります。

この他、資源開発が未開拓なんですね。
天然ガス田の開発は先行していますが、石炭など鉱山資源はこれからです。
宝石の採掘も盛んですし、まさに宝の山 と言ってよいでしょう。

と言うわけで、ミャンマーの市場環境は、どんな業界の日系企業にとっても魅力的といえるんじゃないでしょうか。 特にヤンゴン市内の発展は、半年ごとに訪れるだけで、その進展ぶりに驚かされて来ました。かつて、ベトナムで経験した経済発展ブームのフロンティアですが、ついにこの国に移ったようだなと思ってしまった道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

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2012年2月28日火曜日

目標を達成しても評価されなければ意味も無しの巻き


日本人が一人で駐在しているのは、さみしいものですな。
いろいろな文書にサインをしたり暇をつぶすことはできます。
でも、もうすぐ帰国なので、これと言った本気の仕事もありません。

後一ヶ月で新社長にバトンタッチなので、任せておけばいいだけのことでしょう。
もうすぐ帰国できることは、うれしいと思われるかもしれない。
ところが、極度に憂鬱でして、日本では出社拒否症に陥りそうです。

母国に帰っても、昇進するわけでもない。
窓際管理職のままで、営業ノルマを押し付けられるのです。
一方、親会社は組織を拡充したらしく管理職が半分以上になってしまった。

しかも、営業職でなくて間接職ばかりのようです。
仮に営業へ転進させても、四十代から即戦力になるのは無理です。
全員特攻で玉砕してまで、売り上げを死守せよと無慈悲な社命でしょうか。

ところが、こちらでは引継ぎ書類を作らなければならない。
方や、株主総会・取締役会の資料も、一人で総て作成するのです。
忙しくなるのは分かっているのに、全くやる気が起こりません。

いやー、困ってしまった。
本当にうつ病になってしまいそうだ。
些細なことで一喜一憂して、判断力が低下しております。

でも、今日は一つだけ、うれしいことがありました。
それは、工場が目標としていた労働安全衛生時間の達成です。
目標は百万時間の無災害連続でしたが、二月に入って越えておりました。

ただ、従業員の誰も報告に来ないなんて、これもまたさみしい。
過去の記録が六十万時間強だったので、大幅な更新ですよ。
自分でふと思い出して、構内の専用掲示板を見に行って確認してきました。

と言うわけで、今度の目標は、掲示板に二百万時間と既に書き換えられていたのでした。きっと、後任が記録を塗り替えてくれるものと思います。安全衛生の観念も社内にしっかり定着したことだし、うれしいことはうれしいのですが、こう言った業績は日本側など関心は微塵もないのでしょう。だって、一度も聞かれたことがありませんから。だから、窓際課長のまま帰るんだろうと、変に納得してしまった道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

2012年2月27日月曜日

ミャンマー経済は開国前夜なのかの巻き

※拡大して読む場合は、末尾を参照してね。

日本経済新聞の2月15日付スクラップ記事です。
自分が先行して切り開いたミャンマー市場が紹介されるとうれしい。
「開国前夜」と言う見出しが、期待感の高まりを感じさせてくれますね。

と書き出して保存していたら、後半部が吹っ飛んでしまいました。
書き直す気も起きないので、スクラップでもお読み下さい。
と気落ちしてしまった道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

注:
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