2010年1月10日日曜日

新大臣の菅ちゃんは、麻雀点数の計算だけが強いの巻き

民主党の菅直人氏は、使い物にならなかった特許を保有しているので有名だ。
東京工業大学在学中に、「麻雀点数計算機」を発明したのだ言う。
学生時代に何を学んだかは、言わずもがなだ。
学業の本分より、病膏肓に入るとはこのようなことを指すのである。

               ※麻雀博物館HPより

しかも、自らで麻雀牌メーカーの任天堂にを持ちかけている。
一攫千金を狙ったのだろうが、会社も迷惑だったろう。
やんわりと、商品化見合わせの断り状がていねいに出されている。

さて、これは総て実話である。

新財務大臣は、この手の遊興の巧者で、計算は強いのであろうと察した。
だがしかし、経世済民に関る数字の把握は未知数である。
それでも、大器として音痴の片鱗を見せてくれた。
それは、新財務大臣の就任会見で発言した内容である。

”為替相場の動向について「経済界から(1ドル=)90円台の半ばあたりが、貿易の関係で適切ではないかという見方が多い。(現状より)もう少し円安の方向に進めばいいなと思っている」と述べた。市場では直後に円安が進み、異例とも言える明確な「口先介入」となった。 ”(asahi.com、7日付)

これは、世の仕組みを知らない証拠なのである。
確かに、翌日の円ドル為替相場は、単位として五十銭の円安になったに過ぎない。 だがしかし、この一言で、どれほどの量の外為取引が行われるか、背景を知るべきだったのではないだろうか。

自分も経済の専門家ではないのだが、ネットで色々と調べてみた。 すると分かったのは、国際金融の為替取引は想像を絶する巨大な規模にあることだった。

簡単に数字を列挙した方が分かりやすい。

★一日の総取引量・・・3兆2100億ドル
(資料では、約330兆円、去年の時点です。あくまでも目安としてください。)

★通貨ペア別取引量
1.ユーロ/ドル・・・・8400億ドル(27%)
2.ドル/円・・・・・・・3970億ドル(13%)
3.ドル/ポンド・・・・3610億ドル(12%)
4.豪ドル/ドル・・・・・・1750億ドル(6%)
5.ドル/スイス・・・・・・1430億ドル(5%)
6.ドル/加ドル・・・・・・1150億ドル(4%)
**************************************
ドル/その他・・・・・・6280億ドル(21%)
ユーロ/その他・・・・1080億ドル(8%)
ユーロ/円・・・・・・・・700億ドル(2%)
その他通貨ペア・・・420億ドル(4%)
(出典:☆☆元銀行員の株日記☆☆BLOG(ブログ))

一日で、円ドルの為替取引が40兆円ぐらいあるのだ。
五十銭為替が動けば、二千億円の利ざやが動く。
実際に、為替取引は九十九%が投機目的だ。

となれば、日本の財務大臣は、安易に為替の動向を発言できない。
してしまえば、博打同然のマネーゲームに加担することになる。
もし、新大臣がこれらの数字を頭の中に描いていたのなら、不用意な円安発言は差し控えたはずだろう。

ところが、発言したのである。
だから、朝日が口先介入と言ったのも頷ける。
本来なら、日銀が実際にドル売買を実働し、円の為替操作をするのが本道なのだ。
日本は、口先だけの狼少年になってしまった。

だから、あえて言いたい。新大臣は、国際通貨としての円の強さを全く理解していない。
よって、完全な経済音痴なのである。

と言うわけで、菅ちゃんの発言は、海外の専門家もさぞや呆れていることでしょう。民主党の円高容認発言はどこに行ったのやら、日本の将来を末恐ろしく感じる貧乏社長なのでした。
(この巻き、終り)

おまけ:
資料の数字は、ネットでおおむね紹介されているデータです。
どれぐらいの金額が動いているのか、目安になると思います。

2010年1月8日金曜日

子供達の屈託の無い笑顔に、国家の幸せがあるの巻き

タイでは、1月の第二土曜日は特別な日です。
今年は、明日の9日が当たります。
この日は、子供の日なんですね。
英語に訳してもらうと、しっかりチルドレンズ・デーと答えてくれます。

地元の人は、子供が大好きです。
自分の子でなくても、親戚の子供なら、つい面倒を見てしまうようです。そんなに裕福でもなさそうなのに、分かち合う精神があるのでしょう。そんな、おおらかさとやさしさの残るタイは、子供達の天国です。

それで、自分の勤め先の近くに小学校があります。

歩いて10分ほどの目と鼻の先なんですが、お寺の境内にあるのです。
本当に寺小屋なんだ。
総務課長にも聞いたのですが、昔は本当にお寺で読み書きを教えていたんだそうです。
江戸時代にタイムスリップしてしまったかのように感じました。
でも、境内の中にある小学校は、こちらで本当に多く見かけます。

ここは、仏教の国です。
しかも、仏さまの化身たる王様を頂点とする君主国家だった分けです。
教育や啓蒙を、寺院が担ってきたとしても、何も不思議はないでしょう。
そんな風に感じました。

その校長先生が事務所を訪ねてくれました。

先生が言うには、800人の児童が登校しているんだそうです。
校舎は大きくありませんから、午前と午後の二部制だろうと察しました。
この学校の卒業生が、会社でも働いています。
ですから、地域のお付き合いは大事で欠かせないのです。

訪問の趣旨は、子供の日を前にした学校行事への招待でした。

当社は、学童用品や奨学金の金一封を寄付してきた経緯もあります。
今年もよろしくと言うわけでもないのでしょう。
ですが、挨拶にわざわざ来られたのです。
この返礼として、行事に参加しないようでは非礼になりましょう。

しかも、校長先生のお嬢さんは、博士過程で日本の大学院へ留学中です。
タイの学生は、欧米に留学する人がほとんどです。
日本がどんなに先端の研究をしても、留学先として選んでくれる人は未だ少数です。タイと日本の関係を考えたら、ますます参加せねばと思いました。

そんな、色々に考えながら、行事に参加して来ました。



行事と言ってもタイ風ですね。

あんまり統制が取れていませんでした。
マイペンライの雰囲気で、そこが良いのかもしれません。
なにせ、式場となったグラウンドに、飼犬なのか野犬なのか判断のつかない犬が、時々、走りぬけたり、地べたに座り込んだりしました。

しかも、タイ語で式次第が進むので、さっぱり趣旨が分かりません。
それでも、校長先生や来賓の祝辞の後に、誘われてテープカットをしたり、寄付の目録や景品を渡したりしました。

まあ、子供達のあどけない笑顔を見るのは、本当に心が洗われるものです。

と言うわけで、行事そのものが長くなりそうだったので中座させてもらいました。活発な子供達を見るにつけ、タイと言う国がこの先もきっと繁栄し続けるのだろうと感じた、貧乏社長なのでした。
(この巻き、終わり)

2010年1月6日水曜日

乾季なのにバケツをひっくり返した雨が降るの巻き

今日は、1月6日です。
ここバンコクですと、季節は十分に”乾季”の真っ最中に当ります。
いつも晴れ渡ったさわやかな青空が期待できる時季なのです。

でも、今年はどうやら天気が違うようです。
昨年末の12月30日には、軽くさっとお湿りの雨が、早朝に降りました。
昨日も、ドンムアン空港付近の高速道路上で、多少雨足の強い雨に出会っているのです。

そして今、事務所で働いると、ドカンと落雷の大きな音に驚かされました。
次に、ザーッとバケツをひっくり返したような激しいスコールが訪れています。
会社の広告看板に設置された、大型の液晶温度計も、急に23度まで下がりました。

今は、乾季のはずなんだ。
おととしの12月と去年の1月は、一日も雨が降らなかったと覚えている。
でも、今年はさま変わりで、お湿り乾季になってしまったようです。

雷様も相変わらずゴロゴロと唸っています。
ただ、雨季の真っ盛りほど、お怒りは激しくありません。
どこかしらあっさりしているのが、奥ゆかしく感じてしまいました。

ふと思ったのですが、乾季の間はどれぐらいの日数で雨が降るのか興味が湧いてきます。

そこで、”タイ 降雨日数”で、グーグルから検索したのですが、色々と資料が見つかりました。
中には、在タイ日本国大使館のページもあって、月別お天気データを表で紹介しています。

※クリックすると多きく見られます。

なるほど、データでちゃんと裏付けてもらえるのですから、ありがたい。
それに比べると、去年の12月は雨が1日で、今年に入ってからは、既に2日が雨降りです。
今年は、ちょっと多くて異常だなー。

年末は、やけに蒸し暑い日も続きました。
しかも、午後になると雷雲(積乱雲)がモコモコと湧いて来るのです。
今年は雨が多いのかもしれません。

それで、昨年の乾季ですが、雨が無かったと勘違いしていました。
たったの一日ですが、雨が降ったようです。

そんなわけで、異様な雨降りに遭遇して、勤務中でも書かずにはいられなかった貧乏社長なのでした。
(この巻き、終わり)

2010年1月5日火曜日

くねくね水路は迷路で分からんの巻き


水上マーケットって、ご存知だろうか。
タイで観光するなら、外せない見逃せない、必見のスポットには違いない。

昨年末、上さんの両親が正月休みと称して、バンコクへぶらり訪ねてきてくれた。

これは、定番の観光地を案内しない訳にはいかない。
さっそく、速攻でご案内することを決める。
でも、どこにあるのか、どうやってたどり着けるのか、皆目見当もつかない。

ここは、ありきたりだが日本人向け観光ツアーの手を借りることにする。
ツアー会社は、大小さまざま各社あるのだが、ウェンディーツアーで予約することにした。


何しろ、65歳以上のシニアには割引特典がある。
10%をディスカウントしてくれるのは、かなりありがたい。
上さんの両親とも、バッチリ条件に入っている。

いつも思うのだが、上さんのチェック好きは驚異である。
こんなお得情報は、つかんだら離さないのだ。
しっかり、ちゃっかり奥様ということで、誉め讃えておこう。

このツアーでは、ダムヌンサドゥアク水上マーケットを訪れる予定だ。

バンコクからだと、西に80キロほど遠出をする必要がある。
ちょっと、距離のある場所だ。
もちろん、ここだけが水上市場と言うわけでもない。
バンコク市内にも、タリンチャンとか言うのもあるらしい。

しかし、ここは、水上市場、クロコダイルファーム、象のショーなど、観光案内が盛り沢山にまとめられている、そんな日帰りツアーを選んだ方が無難であろう。

こんなことで、昨年末に張り切って四人で出かけてみた。
しかも、この日は、十一人しかいなかったから、ミニバスに乗れたし、座席に余裕もあって、ゆったりしたツアーを楽しめたのである。

それで、冒頭にあるようなビデオを撮影して編集してみた。
これもいい思い出になるだろう。

しかしだ。今もって分からんことがある。

このくねくねとした迷路のような水路は、どのように走っていたのだろうか。
一筆書きのように、初めで左に曲がり、途中で右に曲がり、かなり走ってもう一度右に曲がって到着したのは覚えている。それに、ある程度、走行した距離もつかんでいるよな気がした。

だから、自宅に戻ってから、水上マーケットの経路を探し当てられると思っていたのだが、読みは甘かった。
グーグルマップで近辺を拡大して水路をなぞったとしても、自分の記憶に合致する経路が見当たらんのである。

そんな分けで、どこぞのどなたかで、この経路をご存知でしたなら、記憶力がもうろくしてきた貧乏社長に教えてたもれと、懇願するのでありました。
(この巻き、終り)

おまけ:グーグルマップの検索機能を使い、”Damnoen Saduak floating market”を入力して目的地を探すと意外に簡単に、場所はピンポイントで特定できるのです。ただ、それから先がよく分かりません。

2010年1月1日金曜日

糞とエメラルドの巻き

確か、「灰とダイヤモンド」と言う映画を、学生の頃に見た記憶がある。
もう、三十年近く前のことで、札幌で上映の機会に恵まれた。
粗筋は、ほとんど覚えていない。
だが、闇と光が交錯する巧みなモノクロの描写だけは、強く印象に残っている。

それで、今改めてウイキで調べてみた。
作品は、ポーランドのアンジェイ・ワイダが監督している。
この人は、東欧民主化の先駆けになった”連帯”運動を強く支持していたはずだ。

この政治運動は、当時、世界中の人が関心を持っていたと思う。
日本のマスコミでも盛んに話題を取り上げたし、自分も新聞・テレビを通じて動向を注目していた。
しかも、ワイダ監督は、この連帯をモチーフに映画作品”鉄の男”を公開している。

だからこそ、この監督の過去の作品にも光が当てられて、北辺の地にまで上映される機会が巡ってきたのだと思い返した。

こんな思い出も、若い時の純粋な政治に向かう気持ちがあったからこそだ。
今は、年を取って老いさらばえた。
そうなると理性は萎えて、不純な連想しか思い浮かばぬのである。

要するに、記事のタイトルは、この映画作品からとっさに連想されたに過ぎない。
何ゆえ、糞なのか、エメラルドなのか。
それは、あの王宮にあるエメラルド寺院で起こったからなのである。

以前にも書いたように、上さんの両親がタイに遊びにやって来た。
色々と観光案内をしてみたが、市内王宮近辺の名所案内は欠かせない。
それで、エメラルド寺院と隣接するワットポーを案内することになったのである。

こうして不純な話は始まった。

ワット・プラケーオことエメラルド寺院は、王室守護寺院である。
つまり、国王のためにあり、王室の宗教儀式や国歌行事を執り行う最上位の場所とされている。
だから、礼儀正しい服装で拝観しなくてはいけない。

間違っても、半ズボン、ランニングシャツ、サンダル履きなどと言う、不埒な出で立ちは許されない。
そんな心得も知らずに、気ままに能天気でやって来た、暑さゆえに半裸に近いような身なりのお姉ちゃん達は、門番に呼び止められ、臨時に着物を貸し出す隣室へと誘われるのである。

時々、腰巻のようなスカートを羽織って歩いていた毛唐のお姉ちゃんもいた。
罰当たり者め。
寛大なお慈悲で入場できたのだから、ありがたく拝観するが良い。

とにやにやしていると、おやっ、許されざる例の男がいたのである。

ご両親を案内しながら寺院の中を歩いていた時のことだ。
Tシャツを着ているのだから、身支度は良しとする。
だがしかし、あの胸元の字は何なのだ。

”糞”だってぇー、、、

濃緑の生地に、からし色の四角い下地が施されている。その上には、堂々と茶色く、その字が躍っていた。常軌を逸脱した、臭気の漂いそうなシャツを着た外人さんがいたのである。

注:写真は参考までです。(ネットから引用)

うーん。

意味も知らずに、文字のスタイルがかっこいいと思って買ってしまったのだろう。
意味を知ったら、この人は直ちに廃棄するんじゃないだろうか。
それに、タイの人も漢字が読めなくて良かったのではないだろうか。
こんな不浄なシャツなんか着ていたら、拝観させてもらえるはずが無いのである。

と言うわけで、なかなかに可愛い彼女を連れ歩いていた、この外人さんとは、もう一度、涅槃仏のワットポーでも再会したのです。心の中が臭気で満たされそうになった貧乏社長は、みんなを連れてそそくさと寺を出るのでありました。
(この巻き、終り)

おまけ:
奈良時代、糞には霊力があると伝えられていて、授かった子供がすくすくと成長できるように、わざと糞の名前をつけてまじないとしていたようです。例えば、「藤原 小屎 ( おぐそ ) 」とか、時代が異なれば考え方も違うと言うことです。