2010年8月12日木曜日

これから帰国します、そして、しましたの巻き

今日は、朝五時半に空港に到着しました。
離陸まで二時間半以上もあるので、充分時間に余裕がある過ぎるほどです。
でも、早く来らざるを得なかったのです。
通路側の席をどうしても確保したかったから、致し方ない。

おかげで、窓側の27Bと言う前方の席を何とか確保してくれたようです。

前回の記事では、社内の航空券予約で、あまりに段取りの悪さを書き連ねました。
社内の人間の手配が悪いのか、旅行代理店の対応が拙いのか、判断はしかねます。
それで、こちらも改めて、空港での待ち時間に考えてみました。

今回は、予約を入れて一週間前の最終確認で発券しました。
もし、社内の人間が通路側の座席確保を念押ししてくれれば、その時点で通路側のリクエストが入ったはずです。
行きの便は難しくても、帰りの便は十日以上、時間の間隔があります。
多分、帰りだけでも席に取れたはずです。
でも、出発前日になっても、旅行代理店がアクションを取った形跡がありません、

私は、社内の人間に通路側の席を取るようにとだけ、指示しました。
これが往路だけの指示になったとは考えにくいのです。
田分けでも無い限り、復路も含めて両方を押さえるように依頼するに決まっています。
でも、旅行代理店は、往路をリクエストしただけで復路は何も動いていませんでした。
普通、往復チケットなら、通路側の席を希望すれば、行きも帰りも押さえるのが当たり前でしょう。

と言うわけで、これは社内で指示遅れがあったとしても、旅行代理店の対応は拙いと言うべきでしょう。
はっきり言って、サービスのサの字も知らない怠慢以外の何物でも無いと思えました。
ひとまず、出入り禁止にするとしても、他に適当な代理店が見当たりません。
今度は、日本人が営業で在勤していて、文句の言えそうな、学習効果のありそうな代理店をきっと探すと、決意した道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

おまけ:
帰国しました。
TGよりANAの方がサービスがいいですね。
これまでは、タイの国に敬意を払って、フラッグシップを選んできました。
ですが、食事の内容とか機内で視聴できる映画の種類で、ANAに満足です。
特に、アイアンマン2は見たかったので、充分に楽しめました。
これからは、自分に偽らないで日本人ですから母国のエアラインにしようと感じました。

飛行時間は、ちょっと二十分くらい遅れました。
けれど、上手い具合に快速の成田エアポートライナーに滑り込みました。
これから、横浜方面へは二時間以上の道のりです。
これが結構、遠く感じます。

後は、上さんと一緒に近くのかっぱ寿司に出かけて、たらふく堪能したいと思うのでした。
(おまけの終わり)

2010年8月10日火曜日

修士で猿嫁レベルは、よし子さんの巻き

明日から日本に戻ります。

寛大なる親会社さまが、半年に一回、海外事業法人会議を召集してくれます。
この粋な計らいもあって、真夏と真冬に帰ります。
それで、今年の日本は、熱暑、炎暑、猛暑、酷暑、、、、のようです。

はっきり言って、タイのほうが涼しいかもしれません。
なぜなら、空梅雨で遅れ気味だった雨季も、最近、ようやくにして始まりました。
連日、どこかでゴロゴロ雷の音が聞こえて、土砂降りのスコールになります。

こう言う日々は、実を言いますと過ごしやすいのです。
タイは緯度の低い熱帯地域にある国です。
真昼時に見る太陽の高度は、遥か天上で、ぎらぎらと直射日光もきつい。
それが、雨季に入ると、雲の多い雨がちな天気で、日光をさえぎってくれます。

日照り続きで気温が四十度近くまで上がるようなことも無くなりました。
今では、三十度ちょっとの気温を、心地よく感じています。
自分も、タイの風土に慣れ親しんだのかなーと、改めて思いました。


それで、タイトルに関係ない前振りが長くなりすぎました。
本題に戻しましょう。

実は、帰国に当たって会社で航空券を予約してもらいました。
最近は、Eチケットといって航空券を入手する手間が不要です。
メールで予約確認を貰ったら、先ず印字しておきます。
後は、空港に着いたら、チェックインのカウンターでそれを見せるだけですね、
搭乗券が簡単に発行してもらえます。

しかも、最近は通路側の席なども簡単に指定できるようになりました。
予め頼んでおけば、予約確認の内容で座席番号も参照できます。
それで、今回は一ヶ月前から、会社の総務課長を通して通路席を指定して貰いました。

それで、先週末に予約確認は届いていたのです。
ただ、後で確認しようと思って、印字して斜め読みしたのが、運の尽きでした。
昨日、もう一度内容を確認しようと、詳しく眺めました。

そう言えば、通路側の席だったな。
座席番号は、どこに書いてあるかな。
見当たらないなー!?
おかしいぞ、、、、、、、、
よもや、頼み忘れじゃ~無いよね???

一ヶ月前は早過ぎと思って心配だったから、折に触れて聞いてきました。
それで、取れていないって、どう言う事なのでしょうか。
おいおい、イギリスの大学を修士で卒業した課長に頼んだんだぜ。
忘れたってことないでしょう。
じゃあ、あの念押しは徒労だったということなのか。

でも、結局、頼み忘れだったみたいです。
課長が忘れたのか、旅行代理店が忘れたのか、真相は闇の中になりました。
課長の方は、代理店が忘れたとだけ言い張るのです。

確かに、課長は一ヶ月前に通路側の座席指定をしたのかもしれません。
でも、その後で私が確認を求めた時に、代理店に問い合わせたのでしょうか。
これは私の憶測ですが、課長は何もフォローをしなかったのだと思いました。
つまり、タイ人は、確認しない習性が遺伝子レベルで染み付いているのです。

なんとも情け無くなってしまいました。
会社の中で、よくやってくれるものです。
これが、一般の家庭だったら、どうでしょうか。

よく、タイ人の奥さんは猿嫁だと悪口を言う日本人がいます。
頼みごとをしても、すべてをこなせずにどこか抜け落ちてしまうと言うのです。
だから、猿レベルの脳みそなので、猿嫁と言うわけです。

多分、座席の指定なんかも抜け落ちてしまう一つなのかもしれません。
しかも、その言い訳を聞いていれば、面倒くさくなってマイペンライと言ってしまいそうです。
日本人の旦那さんには、ちょっと頭の下がる思いがいたしました。

と言うわけで、今回のポカミスは三回目で、その旅行代理店を出入り禁止にします。
課長も悪くないと主張する以上、代理店を犠牲にするのです。
自分も我慢してきましたが、堪忍袋の緒が切れました。
明日は、三時間前にカウンターに行って、通路側席を確保しましょう。
家を出るのが朝五時になってしまい、かなり気の滅入る道産子社長なのでした。
(この巻き、終り)

2010年8月9日月曜日

中国はやはり偽造品、模造品の世界チャンピオン!! の巻き


90年代の初めでしたでしょうか。

私の働く会社でも、日中友好の経済協力の旗頭の下に、製品六百台を輸出したことがあります。
ところが、注文はそれだけで、期待していた次回の発注が、さっぱりと来ませんでした。当てが外れてのかもしれません。
そして、その時は忙しくて、みんな忘れてしまいました。

後年、かの地を出張した社員が現地の風景を写真撮影して来ました。
その中には、街中に私どもの製品が氾濫していたのでした。
話しによれば、推定二万台です。

えっ、六百台じゃなかったのって、言葉を失いました。
つまり、模造でした。そっくり何から何まで猿真似です。
でも、機械の精度までは、絶対に真似できませんでした。

そして、15年以上を経て、彼等は悟りに至ったのです。
中国にある私どもの工場から、基幹部品だけは買うようになりました。
値の張る、長い時間を掛けた暗闘の代償とでも申しましょうか。
その時以来、私は中共の人を信用しません。
そんな思い出があるのです。

まあ、究極のイソップ寓話のような、すごい体験談だと思ってください。
でも、これは実話なのです。
そして、これに後日談が伴っています。

その後、中国では特有の法律が設けられたこともあって、日本仕様のまま製品が輸出できなくなりました。
なぜか。
中国政府認可の脱税防止装置を取り付けなくてはいけないのです。

民度については人語に落ちない国ならではのことでしょう。

あれやこれやと参入障壁を作りまくり、市場を開放することなど、これっぽちも考えてはいないのでした。
我々も、中国へ進出して孤軍奮闘してきました。
ですが、基幹部品を地元の競合メーカーが購入してくれるまでは、赤字の垂れ流しが十年以上続く、体たらくでした。

中国へ直接投資をする場合、大企業なら中共は大事にしてくれるでしょう。
先々のむしりがいがあると言うものです。
我々のような、中小企業では、即刻、収奪・簒奪の対象ですね。
くれぐれも、投資については魑魅魍魎が跋扈する危険な地域だと思ってください。

と言うわけで、タイは投資するに当たっては、中国に比較して安心して進出できる国ではないでしょうか。
そんな思いを強める道産子社長がいたのでした。
(この巻き、終り)

おまけ:この記事は、産経新聞ワシントン駐在編集特別委員・論説委員の古森義久さんが書かれておられるブログにコメントした内容に加筆したものです。

2010年8月8日日曜日

有線のお経チャンネルなんか子供騙しの巻き

そう言えば、日本に居りました時のことです。
ニ十年近く前のことでした。
仕事柄、時としてスタジオに籠もりました。
カメラマンの製品撮影に立ち会うためです。
あの頃は、広告宣伝の仕事をしていた分けなんです。

それで、朝の九時から夜中まで、スタジオに篭城です。

立ち会いだけですから、自分がメインですることも無い。
何時なのか、昼なのか、夜なのか、分からなくなる。
背後では、軽く有線放送でBGMも流されていました。

それで、手持ち無沙汰のあまり、このBGMを面白半分で変えたりしました。
スタジオ内に、チャンネルガイドの冊子が置いてあるのです。
ペラペラめくりながら、手当たり次第に換えてみます。
もちろん、仕事の邪魔にならないよう、休憩時間にトライです。

それで、お経のチャンネルがあったんですね。
確か、般若心経だったと思います。
えんえん、お経を上げ続けるのです。
これを聞いていると、非常にシュールでした。

それに、不眠症の人向けなのでしょうか。
ひつが一匹、二匹、三匹と数え続けるだけのチャンネルもありました。
なんで、こんなのが必要なんだと不条理にも感じました。

でも、440チャンネルもあれば、一部は遊びとか洒落なんでしょう。
私のように、面白がって聞く人もいたのですから、良しとしましょう。

それで、なぜ今頃思い出したのか?
驚く無かれ、お経のテレビ局が、このタイに存在しておりました。
多分、ケーブル放送だと思うのです。
どうも、宗教チャンネルらしく、仏様の教えを説いています。
実際のお寺での宗教儀式も解説していたり、親切だと思いました。


 と言うわけで、お経を上げ続ける画面は、やっぱりシュールなのでした。
タイは、国民の九割以上が、仏教徒ですし敬虔な信者も多いのです。きっと、とても真面目にお経の教えをテレビを見ながら、覚える視聴者もいるのだろうなと、得心した道産子社長なのでした。
(この巻き、終り)

2010年8月7日土曜日

金融工学は賭博そのもので、借金返済は自己責任ですの巻き

前回の記事では、生産部材が払底して、会社が四苦八苦している記事を書いてしまいました。
では、なぜそういう事態が起きてしまったのか。
簡単に申しますと、この先、売れるか売れないかの読みを誤っただけに過ぎません。

どの会社でもそうでしょうが、ここ一二年の短期的な経営計画は立案しています。
これを踏まえて事業に取り組みますが、これからの景気に山を張るのは、とても重要なことです。
つまり、この山次第で、生産体制を先んじて縮小したり拡張することになるからです。

それで、今年の場合、良い意味で山が外れました。
思った以上に景気の回復が良かった言うことです。
うれしい悲鳴なのは違いありません。
ですが、回復が良すぎて、資材の取り合いをするようでは困りものです。

しかも、製造業では、ジャストインタイムの生産方式が当たり前になりました。
無駄な在庫を持たずに、計画的に納入させる方式です。
俗に、トヨタの看板方式といえば、お分かりでしょう。

でも、これが問題なのです。
末端の下請けや原材料メーカーまで、景気を予測して生産体制を絞ってしまった。
みんな、需要のぎりぎりしか生産しないことになります。
つまり、市場にはバッファーになるような流通在庫すら残らないのです。

まるで、産業界全体で、究極の適正な在庫管理に挑んだかのようです。
だから、景気回復が良すぎれば、あだになるのです。
部材が払底して、足りなくなるのは当たり前なのかもしれません。

予測って、なかなか当たらないもんだと思いました。

先ず、景気には波がありますよね。
前の記事では、Obilige347さんがコメントでコンドラチェフと言う学者を取り上げていました。
この人は、世の中の経済には、長期の景気循環が存在することを主張した学者です。
私も、大学で一応経済学を専攻しましたので、この説明に興味を持ちました。

それで、コンドラチェフの長期経済波動によれば、ウイキペディアを見たのですが、近代では五つの主だった循環が導き出されているようです。

1. 蒸気機関、紡績 (1793-1847年頃まで)
2. 鉄道、蒸気船、製鉄 (1893年頃まで)
3. 電気、化学 (1939年頃まで)
4.自動車、石油、電子工学 (1984年頃まで)
註:自分なりには、原子力も加える必要があります。
5. 情報、知識、生態学 (2039年頃まで(?))
註:ここでは、金融工学を絶対に落とせないはずです。

この中で、4.までの時代は、実物経済が主流だったと感じました。
そして、この実物の流れを円滑に行えるような補完的役割を担っていたのが、金融経済でしょう。
つまり、金融は、まだメインの経済では無かったのです。

ところが、5.の時代になって、初めて情報を大規模に商売の道に活用できるインフラが整ったと思います。
今や、インターネットなんて常識ですが、80年代はまだ無かった。
当時は、ATMによるエレクトロバンキングとか、携帯も自動車電話がやっとで、黎明期だった分けです。
これを見ますと、情報に付加価値が付いて商品化できるようになったのだと思いますね。
情報なんて空気みたいなモンですが、この時代になって金融は、実物経済からひとり立ちしました。

つまり、金融商品=マネーゲームって奴ですね。
お金を投資すれば、一定期間で利ざやが稼げると言うわけです。
要するにバクチです。
しかも、元本の保証されない商品が多い。
つまり、リスクは自己責任で追うことになります。

それで、現在、この金融経済によって形成された資産は、実体経済に比べ数倍にも膨らんでいるようです。
景気の良い時は、この潤沢な資産を使って、いろいろと贅沢ができました。
高額なローンを組んで、家も車も購入したわけです。

でも、一度、不景気になってローンを返せなかったりすると、どうなるでしょうか。
昔だったら、借金を返し終わるまで、体で働いて返してもらうのは当たり前でした。
でも、今の時代は良い時代ですよ。
返せなくなったら、破産宣告してしまえば良いのです。
あとは、弁護士と相談して終りです。

でも、借金=負債は、帳簿から消えません。
誰かが返し続けるのですよ。
もし、実物経済なら、解決は簡単です。
借金の肩代わりに、土地とか建物とか目に見えるものを差し出して、相殺してしまえばよいのだ。

ところが、金融経済でこしらえた借金は、実物で返済できる限度をはるかに超えてしまいました。
どうやって、この先返済していくのでしょう。
つまり、実際の稼ぎに関係ないところで、賭博の借金を作りまくってしまった。
とんでもない、チンピラばかりが当たり前に生きている世の中です。
しかも、世界中の国家までが、マネーゲームに参戦して破産寸前まで追い込まれつつあるのです。

まっとうに暮らせば、ささやかでも幸せに生活できたのにねー。

まあ、借金は帳簿から消えない限り、誰かが返し続けるのです。
どんなに借金の査定方法を変えようが、借金は消えません。
言っておきますが、当社はこの十年、銀行から金を借りたことがありません。
設備投資をしても、こつこつ溜めた内部留保から小出しにして来ました。
だって、あの97年の金融危機では、誰も融資をしてくれなくなりましたから懲りているんですよ。

と言うわけで、コンドラチェフさんの景気循環を見て、いろいろな考えが湧きました。
来る新しい循環までには、後ニ十年が残っているそうです。
とある国は、借金を返すだけでデフレになり、疲弊して没落するのでしょうか。
他方、タイは、実物経済で地道に成長しているから、国も人々も豊かになっていくのでしょうか。
そんなことを素直に思いつく道産子社長なのでした。
(この巻き、終り)