2010年7月18日日曜日

ブログの実態に関する調査研究の結果の巻き

何と日本では、ブログ総数が約千七百万もあるんだそうです。

これは、単純に日本の人口で割ると、八人に一人が書いている計算になります。
これは凄い割合です。
ひょっとしたら、お隣さんもお向かいさんも書いているかもしれない。
そんな錯覚に陥ってしまいます。

ただ、アダルト・出会いとか販売営業を誘導する営利の運営が六割以上だそうです。
ですから、仮に残りを個人が書いていれば、二三十人に一人の割合かもしれません。
記事総数で見れば、約13億5000万件、データ総量ならCDで六万枚分にもなります。
これは、自分が想像できないレベルです。

ただ、これが調べられたのは、2008年の一月時点です。
もう既に、その時から二年が経過してしまいました。
となれば、ネットをさまようデータもブログも飛躍的に増え続けたことでしょう。


この調査なんですが、総務省のお堅い情報通信政策研究所(IICP)が発表しました。
しかも、この資料は、ネットで簡単に入手できるのです。
お役人が、何ゆえデータを取ってまで研究したかったのかは、これで分かるんですね。

まず、ブログを定義付けております。
★ブログは個人やグループなどにより運営され、時系列的に更新されるウェブページ。
★CGM(消費者発信型メディア)の1つとしてこの数年急激に普及したメディア であり、日本語による発信量が世界一と言われている。

その上で、調査の目的を明らかにしております。
★我が国のブログについて、その数や発展の経緯をコンテンツ量の面から把握するとともに、ブログ開設者の利用の傾向等に関する分析を行う。

ややこしい言い回しで、分かりにくいでしょ。
要は、ブログと言う日々更新される日記的なウエッブサイトが爆発的に増えてきている。
この現象は、一体どういうものなのか、政府も物好きだから調べておこうと、言うことです。

それで、ブログの調査結果を自分なりに考えて見ました。

ブログを始める人は、実に多いようです。
毎月、四五十万のサイトが新規に誕生しております。
ただ、記事を活発に更新する運営者は、さほど多くありません。
例えば、一ヶ月に一回以上の頻度で記事を更新するは、二割程度です。
それでも、約三百万のサイトなんですから、驚きといえば驚きですね。

自分のブログも、更新する頻度が高い方です。
だから、その三百万分の一と言うことです。
自己表現だったり、ストレス解消に一役買ってくれたりしています。
ウェブ日記みたいな利用なんですよ。
これは、自己表現型で一番多くて、三割の人が当てはまります。
十代、二十代の割合が高いそうですが、初老のオヤジだって張り切っているわけです。

と言うわけで、拙ブログは、なんでもありのダボハゼ悪食ブログです。
ジャンルは問わず、自分の興味の赴くまま、駄文を撒き散らしながら、バンコクで怪気炎を揚げる道産子社長なのでした。
(この巻き、終り)

おまけ:
この投稿は、昨年のうちに書き始めました。
ただ、途中で放り投げていたのを思い出して仕上げました。

<ブログを始める目的>
当然、自分はマジョリティーの自己表現でした。
1位:自己表現(30.9%)
2位:コミュニティの形成(25.7%)
3位:アーカイブ型利用(25.0%)
4位:収益目的(10.1%)
5位:社会貢献(8.4%)

2010年7月17日土曜日

今日は、お休みしておりますの巻き


と言うわけで、このネコちゃんみたいに夢見心地でのんびり休んでおります。
 

2010年7月16日金曜日

タイの役人根性は公僕の意味を知らないの巻き

しかし、勤務時間中にご飯を食べて、化粧をするような役人には驚きました。

タイのことですから、それも許されるのかもしれません。
何でもありですよ。
こちらは、マイペンライ(気にしない)の国なのです。

実を言いますと、今日、入国管理の事務所へ出向きました。
自分は、こちらでは外国人の長期在留者扱いになります。
もちろん、駐在員の労働許可証を手に入れましたので、優遇はされています。

他方で、タイ人と結婚した外国人は、結構、面倒です。
三ヶ月おきに出頭する必要があるのです。
パスポートに更新の判子を押してもらわねばなりません。

まあ、自国の人間では無いわけです。
外国での生活は、色々と厄介だらけと言うことです。

それに、所轄の事務所が辺鄙な場所に変わったせいもあります。
昨年までは、バンコク市内で用事が済みました。
ところが、今年はパトンタニ県のド田舎事務所になりました。

これは、以前にも記事で書いたので、そちらを参考にしてください。

さて、滞在許可と言うのは、最長一年間です。
書類の申請もかなり面倒くさい。
受理されたしても、審査期間が一ヶ月入ります。

※審査期間中の限定ビザを取ると出入国は可能みたい。

しかも、この審査でOKになっても、ビザは自動で発行されません。
もちろん、その間に出国する気が無ければ、不要です。
でも、冠婚葬祭やら会議やら、出入国は容易に想像できます。
そうなると、年間の滞在許可を活かせるマルチ・ビザの取得は欠かせないのですよ。

なんと、手続きが複雑怪奇なことでしょう。
これって、外人受け入れを拒んでいるのでしょうか。
きっと、暮らしやすいタイのことです。
後を絶たない不良外人をブロックしているのかもしれません。

さて、審査機関が丸一ヶ月掛かって、在留許可が下りました。

ところが、上さんはその期限になっても、承認が下りませんでした。
結局、下りたのは、一日後のことでした。
つまり、上さんは、一日だけ滞在許可を失くした不法入国者だった分けです。

でも、複次のビザ申請は、問題なく取得できたのでした。
ずい分と変なことです。
でも、このことはタイでは、至極当たり前なんですね。


以前に、タイ在住者のブログを読んだことがあります。

こちらでは、自動車免許証の有効期限は、目安程度なんだそうです。
しかも、期限切れになってから、初めて更新を受け付けてくれるとか。
期限切れから二ヶ月経っても、平気だそうです。
要するに、まっとうに試験を受けて、技能が確認されたのだから、免許は一生ものなのです。

と言うことであれば、パスポートも肌身離さずの一生ものでしょう。
一日や二日くらい、間違って滞在しても関係ない。
申請日が遅れても、在留期間の一年先は既に特定されています。

と言うわけで、パトンタニの入国管理局は、態度も傲慢・横柄の極致で最悪の役人たちでした。
書類を出したら、コピー、コピーとぶっきらぼうに言われて何がなんだか分からず、やっと分かって、複写機のおばちゃんに頼んだら料金ぼられそうになったり、散々です。
きっと、田舎の公務員たちは態度がでかいのです。
そんな役人たちに虐げられた農民たちが、反政府運動の赤シャツ隊に加わるのは、当然だろうなと悟った道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

2010年7月15日木曜日

ランパンの夜市で、レトロな風情を満喫の巻き

ランパーンは、タイ北部の古都です。
のんびりと穏やかな時間が移ろいで行きます。
そんな、ゆったりとした街中を懐かしく感じました。

昔は、チェンマイもきっとこんな町の風情だったのでしょう。
でも、観光地として有名になりすぎました。
街中は、喧騒ばかりで、右も左も外国の観光客ばかりです。

でも、この町には未だ情緒があったのです。

そして、土曜日の夜、偶然に夜市の立つ通りに出会えました。
レトロな木造家屋が、通りをはさんで並んでいます。
子どもの頃に、タイムスリップしたようで懐かしさがこみ上げてしまう。
夜店のある風景は、とても素敵です。
しかも、十時ごろには閉まってしまう奥ゆかしさなのでした。

と言うわけで、写真にキャプションを貼っておきます。
タイに来たのなら、一度は、訪ねていただきたいと思った町なのでした。

★暮色に染まり出した夜市の通り

★カオソイ(カレーラーメン)のお店

★瀟洒な建物もありました

★古い木造家屋が郷愁を誘います

★手作りの品物が並びます

★かわいらしいキャラクターが並びます

★カキのオムレツでしょうか

★日本の食文化恐るべし、たこ焼き屋です

★タイ風煎餅焼きです

★歩くだけでも二時間は掛かります

おまけ:翌朝は、一周30分の馬車にも乗って見ました。

(この巻き、終り)

2010年7月14日水曜日

ミャンマーは、今ちょっとした自由化の波が起きておりますの巻き

最近、工場を訪問されるミャンマーのお客さんが増えて来ています。

五月の間は、誰かが、毎日、入れ替わり訪問して下さる感じでした。
エンドユーザーだったり、仲介の商社だったり、問い合わせ経路は千差万別です。
しかも、二股三股の引き合いをするお客さんもいますので、注意が必要になってきました。
まあ、それだけ市場が活況になってくれば、商機ありと見て群がるビジネスマンが多いと言うことです。

さて、自分たちの商売は、ガソリンスタンド向けの製品を扱っています。

インドシナ市場を商圏に持ちますので、ミャンマーも輸出先として販売実績はありました。
ただ、細々としたもので、一年に一二回の注文を受けるかどうかです。
そんな状況が、ここ数年続いてきた中で、今年はさま変わりです。
投資ブームと言った感じもいたします。

これまで、ミャンマーは軍事政権で、政治経済とも鎖国政策を採り続けてきました。
民主化運動の極端な弾圧もあって、海外の目は厳しい。
このため、欧米各国は、経済制裁を発動して、自由な貿易を封鎖しています。

このような色々な制限もあって、おおっぴらな商行為は、ほとんど無理でした。
ですが、タイとミャンマーはお隣通し、地続きの国境です。
色々な商品が、合法非合法でミャンマーへ流れ込んでいます。

実際に、この四月にミャンマーへ出張した際に、ヤンゴンのショッピングモールをたずねました。
以外に物資は、豊富でした。
制裁を受けている割には、物が豊かな感じもしました。
しかし、一人当たりGDPがまだ500ドルくらいの国です。
買い物を楽しめる層は、まだ限られているでしょう。

ですが、いったん、経済が自由化されれば、消費の欲望は開放されるはずです。
私が、ベトナムを担当していた十年近く前の頃と、雰囲気は似通っています。
まもなく、一家に一台、バイクを買うモータリゼーションの波が押し寄せてくる予感がしました。

そこで、思ったのです。
ミャンマーのガソリンスタンド業界は、どんな状態なのか。
興味もあったので、調べてみました。
ピンロンさんのブログでは、石油の小売業界は既に自由化されたとありました。
改装中のスタンドの写真が大きく紹介されています。

実は、この四月に出張した時、写真撮影が許されませんでした。
案内してくれた現地の人が、給油所は軍事施設に準じるからダメだと言うのです。
その時は、素直に残念に思いました。
ですが、この方の写真から市場の息吹きを実感させていただきました。
それに、ジェトロさんのホームページでも”燃料スタンドの民営化が進行(ミャンマー)”とトピックが掲載されています。

では、実際にガソリンスタンドの数で他国と比較して見ましょう。











ミャンマーって、二百五十ヶ所しかスタンドがありません。
もちろん、ペットボトルに石油を詰めて売っているような屋台は勘定されていません。
それにしても、他の国と比較しても、少なすぎのような気がしました。


いかに一人当たりのGDPが小さいとはいえ、国土は日本の二倍近くあります。
道路の延長距離だって、それに応じてかなりの規模なはずです。

これって、ひょっとしたらガソリンスタンドが、緊急で必要ってことじゃないでしょうか。
観光開発するにも、内陸部の商工経済を発展させるにも、道路と給油所は不可分です。
つまり、特需でも何でもない。
必要に迫られて、軍事政権が資金力のある民間を利用することにしたのです。

と言うわけで、ミャンマー経済のからくりが、少しずつ分かって来ました。
排外的な政治・経済政策だけでは、国民が窮乏化するだけなのです。
内政が立ち行かなくなっている証拠でしょう。
そんな時に、タイの日系企業の皆さんには、隣国の市場をちゃんとウオッチするべきだと、感じる道産子社長なのでした。
(この巻き、終わり)

おまけ:
ミャンマーは親日的な国家です。
日本の軍艦行進曲が、ミャンマー・ドゥーイェ・タッマドゥ/Myanmar Tot Ya Tatmadaw、つまりミャンマー陸軍マーチとして採用されております。